29歳(あと2日)のバースデー・イブ(第2学年編・19-2)

恋する渚の妄想全力アプローチ第2学年

2025年9月20日(土曜日)

第1章:決戦前夜と、親友(とも)の檄

九月も下旬に差し掛かった土曜日の夜。渚の部屋のクローゼットは全開にされ、ベッドの上には、この日のために用意されたであろう洋服が、小さな山を築いていた。

渚

だから、どっちがいいと思う、凛ちゃん!?

スマホで誕生日当日の衣装の相談を親友の凜ちゃんにしている渚先生

スマートフォンの画面の向こう側で、幼なじみの霧島凛がやれやれといった風に、しかし優しい笑みを浮かべてため息をついた。

凛

もう、渚ちゃんったら。そんなに悩んで、もう二時間も経ってるわよ?可愛い悩みだけどね

渚

だって、二日後なのよ!?和先生との、初めての二人きりのディナーなの!失敗なんて、絶対に許されないんだから!

二日後に迫った、29歳の誕生日。その事実が、渚の冷静さを少しずつ奪っていた。

凛

はいはい、分かってるわよ。それで、私の可愛い崖っぷちプリンセスは、王子様との決戦に何を着ていくつもりなのかな?

親友からの愛ある揶揄に、渚は

渚

崖っぷちって言わないでよ!

と抗議しながらも、落ち着いたベージュのブラウスを鏡に当ててみた。

渚

まずは、これ。知的で、落ち着いた大人の女性って感じじゃないかな?

凛

うーん、悪くはないけど…それじゃいつもの「渚先生」じゃない?せっかくのデートなのに、職員会議に行くわけじゃないでしょ?

渚

うっ…!じゃあ、こっちはどう!?

次に渚が手に取ったのは、少しだけデザインの凝った、可愛らしいレースのワンピースだった。

凛

あらあら、可愛い。でも、それはユリシアちゃんたちの若さで着こなす服かな。渚ちゃんが着ると、少しだけ…頑張ってる感が出ちゃうかもね

的確すぎる、しかも棘のない指摘に、渚はぐうの音も出ない。ベッドにへたり込み、

渚

もう、どうしたらいいのよぉ…

と弱音を吐いた。

凛

もー、そんなに落ち込まないの。大丈夫、渚ちゃんには渚ちゃんだけの武器があるんだから。そもそも、今回のデートのコンセプトはどう考えてるの?

渚

コンセプト…

渚の脳裏に、先日の「偽りのお月見会」での出来事が蘇る。子供のようにアニメのブルーレイボックスにはしゃぐ、和先生の姿。

渚

…決まってるじゃない

渚は顔を上げ、その瞳に新たな炎を灯した。

渚

私の使命は、あのどうしようもなく子供っぽい、でも愛しい人を、素敵な大人の道へと導いてさしあげること。そう、今の私は、ただの恋する女じゃない。あの人をエスコートする、唯一無二のパートナーなんだから!

凛

…………ぷっ、あはははは!何それ、面白い!渚ちゃん、いつからそんな教育ママみたいなキャラになったのよ!


電話の向こうで腹を抱えて笑う親友に、渚は顔を真っ赤にして反論した。

 

渚

わ、笑うことないでしょ!私は本気なんだから!例えば、レストランで先生が『僕は、お子様ランチの旗が付いた、クリームソーダに…』なんて言い出したら…

凛

言いそうね、あの人

渚

その時、私が『先生。大人の男性は、食前酒にキール・ロワイヤルを嗜むものですわ』って、優しく教えてさしあげるの!

凛

ふふっ。それで、そのキールなんとかっていうのがどんなお酒なのか、渚ちゃんはちゃんと知ってるのかしら?

渚

うっ…!そ、それは、これから調べるの!

しどろもどろになる渚を見て、凛は愛おしそうに笑った。その声は、どこまでも優しかった。

凛

もう、本当に可愛いんだから、渚ちゃんは。分かった、分かったわよ。あなたのその、健気で、ちょっぴりズレてる作戦、全力で応援してあげる。だとしたら、選ぶ服はもう一つしかないじゃない

渚

え…?

凛

いい、渚ちゃん。中途半端に先生ぶるのも、無理に若作りするのも、今のあなたには必要ないの。今の渚ちゃんが持ってる、最高の武器で戦うのよ

渚

最高の…武器…?

凛

そうよ

凛は、画面の向こうで力強く頷いた。

凛

生徒たちにはない、「大人の女性」としての色気と品格。そして、十年以上も彼を見つめ続けてきた、渚ちゃんだけの「覚悟」。その二つを、その身に纏うのよ

その言葉に、渚はハッとした。そうだ。自分は、誰かと比べる必要なんてなかったのだ。
彼女は、クローゼットの奥から、この日のために用意した、勝負服を取り出した。深紅のワンピース。いつもより少しだけ大胆な、しかし決して品は失わない、大人の女性としての覚悟を込めた一着。

鏡の前で、その服を体に当てる。

凛

…うん、それよ、渚ちゃん。とっても素敵

画面の向こうで、凛が満足そうに微笑んだ。

凛

それなら、あの朴念仁も、あなたをただの「渚先生」じゃなく、一人の美しい「渚」として見るはずよ

渚

…うん

渚は、鏡に映る自分を見つめた。もう、迷いはなかった。

渚

見ていてください、先生。明後日の夜、私は…あなたの隣に立つ、一人の女性になります

凛ちゃんと作戦会議中の渚先生