携帯に保存された一枚の写真を見つめながら、私は昨年の秋を思い出していた。
鮮やかな紅葉と、青く澄んだ湖、そして遠くに連なる雪をかぶった山々。十数年前、病気がちだった私を気遣って保健室まで様子を見に来てくれた和先生。今では同じ職員室で机を並べる、私の人生で唯一無二の存在になっている。
写真には赤いジャンパーに白いジーンズ姿の私が写っている。五十を過ぎた今でも凛とした佇まいを失わない和先生が、いつもの穏やかな笑顔で写真を撮ってくれた。その時の私の表情には、きっと隠しきれない恋心が滲んでいたに違いない。
その声を聞くたびに、私の心は高鳴る。商業科の主任として学校を支える和先生の姿は、いつも私の視線を惹きつけて離さない。休み時間、職員室で他の先生たちと談笑する和先生の左手の薬指に、いつか私の想いを形にしたリングを光らせたい——そんな願いが、日に日に強くなっていく。
体調を崩して保健室で休んでいた私に、こっそり漫画を持ってきてくれた高校時代。進路で悩んでいた時に、何時間も相談に乗ってくれたこと。すべての思い出が、今では「この人と結婚したい」という強い想いへと変わっている。
下山後、和先生お気に入りの古民家カフェに立ち寄った時、ふと空想に耽ってしまった。もしもここが私たちの新居だったら。休日の朝、和先生とゆっくりとコーヒーを飲みながら、一日の計画を立てる。そんな何気ない日常を、この人と紡いでいきたい。
「渚さん、今日は随分歩きましたが、お疲れではありませんか?」
私の体調を気遣ってくれる和先生に、思わず胸が詰まる。高校時代から変わらない、その優しさ。二十八の私と、五十代の和先生。周りの目も、年齢差も、私にはもう問題ではない。この人と共に歩んでいきたい。この想いは、もう揺るぎないものになっている。
「和先生…」
何度も言葉の端まで出かかる告白。でも、今日もまた飲み込んでしまった。関係が壊れることを恐れる気持ちと、このままでは後悔すると分かっている気持ちの間で揺れながら。
そっと携帯をポケットにしまいソファーに身体を深く沈める……。
来週から、和先生とウォーキングを始める約束を取り付けた。「今年から運動を始めたいんです」という和先生の言葉に、私は迷わず彼の伴走を申し出た。二人きりで過ごせる貴重な時間。この機会を大切にしよう。いつか必ず、この想いを伝えるために。
毎朝、職員室で交わす「おはようございます」から始まり、放課後のお茶を共にする時間まで。日々の何気ない瞬間の中で、私の「和先生の奥さんになりたい」という想いは、確実に大きくなっていく。
写真の中の私は、ただ微笑んでいるように見える。でも、その笑顔の奥には、将来への願いと、深い愛情が隠されているのだ。