桜が満開の朝、ユリシアはいつもより早く起きて和先生の朝食を準備していました。朝日に照らされたキッチンで、彼女は口ずさみながらエプロンを揺らします。
「おにいたん♡、お目覚め?今日は入学式だよ!」
眼鏡をかけながらリビングに現れた和先生は、優しい笑顔で頷きました。
「ああ、今年も新しい生徒との出会いがあるね」
「おにいたんは新入生にもきっと人気者になっちゃうよ?」ユリシアは冗談めかして言いますが、その表情には少しだけ不安が滲んでいました。でも、「おにいたんを本当に理解しているのは私だけ」という密かな自信がありました。
入学式当日。校庭には桜吹雪が舞い、新入生たちが期待と緊張の面持ちで集まっています。
「はぁ…こんな案内係まで引き受けることになるなんて」雫は儀礼的な笑顔を浮かべながら、新入生たちを誘導していました。
「淑女は常に優雅に、新入生をおもてなしするのが私たちの務めですわ」茉里絵は微笑みながら、扇子を軽く揺らします。「…でも、商業科の説明を聞きたがる子が多いのは気になりますわね」
二人の会話の間から、断片的に新入生たちの声が聞こえてきます。
「商業科の和先生って、説明会の時の眼鏡の先生でしょ?」 「そう!なんか落ち着いた雰囲気で素敵だったよね」 「しかも日商簿記1級持ってるんだって!すごくない?」
雫と茉里絵は一瞬顔を見合わせました。和先生への関心がこんなに早くから広がっているとは…。
一方、体育館の裏では渚先生が深呼吸を繰り返していました。教員紹介の緊張もさることながら、昨日職員室で耳にした会話が気になって仕方ありません。
「和先生、今年も人気出るんじゃないですか?入学説明会の時、女子生徒たちが熱心にメモ取ってましたよ」 「あの穏やかな話し方と知性あふれる説明、私でも惹かれちゃいます」
渚先生は鏡に映る自分の姿を確認し、ハリのある筋肉質な体が制服に映える様子に少し自信を持ちます。
「私も負けてられないわ!和先生の良さを知っているのは、本当は私たちだけなのに…」
式典が始まり、教員が壇上に並びます。和先生が入場すると、新入生たちの間から小さなざわめきが起こりました。
「あ、あの先生だ!」 「眼鏡かけた商業科の先生よね」 「渋くてカッコいい…」
ユリシアはその声に振り向き、驚愕の表情を浮かべます。まるで有名人を見るような目の輝きで和先生を見つめる新入生たち。「え…?おにいたんのことを…?」
雫も不機嫌そうに眉をひそめました。「ふん、あんなおっさんが何よ…」と呟きながらも、内心は「私だけが知ってると思ってた和先生のこと…」と動揺しています。
そして、全校生徒の前での教員紹介。
「続いて、商業科主任の和教諭です」という紹介に、和先生が一歩前に出ました。
「皆さん、おはようございます。商業科の和です」
その穏やかな声と優しい笑顔に、新入生のみならず在校生からもため息が漏れます。
「私の専門は簿記と経営学です。みなさんの将来の選択肢を広げるお手伝いができればと思います」
その言葉に、ユリシアは胸の内で「うん、おにいたんはそういう人なんだよ!」と誇らしく思いながらも、その魅力が他の人にも伝わることへの複雑な気持ちを抱えていました。
式典後の教員紹介タイムでは、予想外の出来事が起こります。新入生向けの質問コーナーで、一人の生徒が和先生に質問しました。
「和先生は他にどんな資格をお持ちなんですか?」
和先生は少し困ったように髪をかき上げ、謙遜気味に答えます。
「ああ、そんな大したものでもないんだけど…大学院で少し勉強していたこともあって…」
その歯切れの悪さが逆に生徒たちの興味を引き立てます。司会の教師が和先生に促します。 「和先生、ご謙遜なさらず、ぜひお話しください」
「いやあ…」和先生は照れ笑いを浮かべながら続けます。「昔はいろんな仕事も少しずつかじっていたから…」
その言葉に会場が沸き、別の生徒が勢いよく手を挙げます。 「どんなお仕事をされていたんですか?」
「まあ、色々と…」和先生が曖昧に言葉を濁すほど、新入生たちの目は輝きを増していきます。
渚先生が状況を察して救いの手を差し伸べようとしましたが、そのタイミングで和先生はポツリと言いました。 「…内緒だけど、探偵のような仕事もあったりして」
その一言に、会場は一気に沸き立ちました。 「すごい!」「謎の先生!」「渋い…」
壇上で照れて耳を赤くしている和先生の姿を見て、渚先生は心臓が縮む思いでした。「和先生のそんな一面、私だけが知っていると思っていたのに…」
歓迎会後の片付け。準備室では4人が無言で作業を続けていました。
「ねえ…」ようやくユリシアが沈黙を破ります。「おにいたん、すごい人気だったね…」
「ふん!別に気にしてないわよ」雫は投げやりに椅子に座りこみます。「白髪交じりのおっさんが何よ。イケメンでもないのに」
「でも…」渚先生が小さな声で続けます。「和先生の魅力って、見た目だけじゃないから…」
「確かに、あの知性と、誠実さと、優しさは素敵ですわね」茉里絵が扇子を開きながら言います。「でも、それを知っているのは私たちだけだと思っていましたのに…」
そこへ、準備室のドアが開き、和先生が顔を覗かせました。
「お疲れ様。みんな、ありがとな」
その急に砕けた口調に、4人は少し驚きました。和先生はネクタイを少し緩めながら入ってきます。
「君たちのおかげで助かったよ。特にユリ、受付のフォローありがとう」
和先生はにこやかに笑いながら、自然な仕草でユリシアの頭をくしゃりと撫で、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべます。
「雫も、あんな堂々とした態度で新入生を案内できるなんて、さすがだな」
「な、なによ!わ、私だって一応プロなんだから当然でしょ!」雫は顔を赤らめながらも、その言葉に少し誇らしげな表情を浮かべました。
和先生は茉里絵にも優しく微笑みかけます。 「茉里絵の淑女としての立ち振る舞い、本当に見事だよ。新入生たちの憧れの的だったね」
「まあ…」茉里絵は扇子で顔を隠しながらも、嬉しそうに目を細めます。「ありがとうございますわ」
最後に和先生は渚先生に向き直りました。 「渚先生も…いや、今日はお疲れだから、渚でいいかな」と、少し声を落としながら言います。「頼りになるよ、いつも。ありがとう」
渚先生は思わず頬を染め、「い、いえ…私は…」と言葉を詰まらせます。
和先生はそんな4人の様子を見て、少し表情を引き締めました。 「あのね、実は来週の新入生オリエンテーションで、商業科の模擬授業をすることになったんだ。そこで、よければ君たちにもお手伝いしてもらえないかな?」
「え?」4人は思わず顔を見合わせます。
「簿記の基礎って面白いんだけど、初めて聞く人には難しく感じるんだろうな」和先生は少し考え込むように言います。「俺一人じゃ限界がある。君たちの力を借りたいんだ」
「私たちじゃないと…ダメなの?」雫が思わず尋ねます。
和先生は少し恥ずかしそうに目を逸らしながら答えます。 「ああ…」そして再び4人をまっすぐ見つめて続けます。「雫は理解力が早いし、茉里絵はマナーの体現者だ。ユリは人を明るくする天才で、渚は…」
一瞬言葉を選ぶように間を置いてから、「教育のプロだからな」と締めくくりました。
それぞれの長所を的確に評価する和先生の言葉に、4人の顔が少しずつ明るくなっていきます。
「で、君たちの特別な力を借りたいんだ。どうだろう?」
「もちろん!」「いいわよ!」「お任せくださいませ」「喜んで!」
和先生は安堵の表情を浮かべると、ふと思いついたように言いました。 「そうだ、これから職員室でオリエンテーションの打ち合わせするんだけど、よかったら皆も来ないか?お菓子も買ってきたし」
「えっ、本当?」ユリシアが嬉しそうに飛び跳ねます。
「待って!その前に片付けが…」渚先生が心配そうに周りを見回します。
和先生は軽く手を振り、「大丈夫、俺も手伝うから」と自然に荷物を持ち始めました。
こうして5人は一緒に片付けを終え、和先生を囲んで歩き出します。廊下を歩きながら、雫が思わず呟きました。 「こんな和先生、新入生は知らないわよね…」
「そりゃあな」和先生が少し照れながら答えます。「みんなとは特別だからな」
その言葉に、4人の胸に温かな喜びが広がります。新入生に和先生の魅力が伝わることに危機感を感じていたけれど、彼女たちにしか見せない表情や言葉があることを再確認できたのです。
窓から差し込む春の風が、彼女たちの髪を優しく撫でていきます。
「よーし!」ユリシアが突然立ち上がり、拳を突き上げました。「私たち、おにいたんの特別な味方だもん!新入生にも負けないよ!」
「ふん、当然でしょ」雫も胸を張ります。
「淑女として、和先生のお力添えができますことは光栄ですわ」茉里絵も扇子をパタンと閉じます。
「みなさん…」渚先生は嬉しそうに頷きました。「ともに頑張りましょう」
そんなやり取りを微笑ましく見守る和先生の目には、深い愛情が宿っていました。彼はそっと呟きます。 「みんなのおかげで、俺は本当に幸せだ」
こうして新学期が始まり、彼女たちと「おにいたん♡」をめぐる新たな物語は、思いがけない展開へと進んでいくのでした。