📅 日曜日 9:00 ─ 自宅リビング
ここ最近――職員室では、簿記検定を控えた雫や柚羽たちが、
「仕分けのコツは?」「模擬試験の結果どうでした?」と
和先生に次々質問を投げかける日々が続いていた。
“商業科担当”として真剣に向き合う彼の姿は頼もしい。
けれど、体育教師の自分には会話に割って入る隙がなく、
気づけば放課後も教室も、渚だけが蚊帳の外。
――私、なにか役に立てること、ないのかな……?
そんな切なさを抱えたまま迎えた昨日、
資料室での二人きりの時間。
和先生は深く頭を下げ、こう続けた。
「簿記のサポートにかかりきりで、
渚を寂しい思いにさせてしまった。
ちゃんと埋め合わせをしたい。――
明日、よかったら一緒に出かけない?」
差し出されたのは、ピンク色のリボンで留めた春のバラ園フェアの招待チケット。
淡い薔薇のイラストが揺らいで見えるほど、視界が一瞬ぼやける。
「え……わ、わたし、で、いいんですか?」
思わず震えた声が漏れ、頬に熱が走る。
和先生は真っすぐな目でうなずいたまま、何も急かさない。
胸の奥で “寂しかった” という小さな棘が、
溶けた飴みたいにじんわり溶けていく――
その甘さと温かさが一気に込み上げ、
渚は思わずチケットを両手で包み込み、ぎゅっと抱きしめた。
「はいっ! よ、喜んで……! ぜ、ぜひご一緒させてください!」
声が上ずるのも構わず勢いよく返事をすると、
目尻ににじんだ涙がきらり。慌てて袖で拭いながら、
それでも笑顔がこぼれて止まらない。
和先生が安堵したように息をつき、
「じゃあ、明日十一時に駅改札で」と穏やかに告げる。
渚は何度も何度も首を縦に振りながら、
胸いっぱいの安堵と喜びを抱えて――
心の中で“ありがとう”を百回唱え続けていた。
📅 日曜日 9:15 ─ 自宅・鏡の前で格闘中
「うーん…この服だと地味すぎるかな?」
クローゼットの前で3度目の着替えタイム。普段の体育教師モードじゃない、女性らしい服装って、こんなに難しいものだっけ。
本日のミッション:バラ園デート
難易度:★★★★☆(心臓に悪い)
参加人数:2名
目標:自然体で楽しむ(本当にできるかな…)
結局、シンプルな白いブラウスに淡いピンクのカーディガン、膝丈のスカートに落ち着いた。鏡に映る自分を見て、ちょっと新鮮。
「バラより写真写り悪いかも」なんて昨日言っちゃったけど、せめて努力はしないと。薄化粧も頑張ってみた。
スマホを確認。和からのメッセージ:『11時に駅の改札で。楽しみだな』
楽しみだな、って……もう心臓がばくばく。
🚃 10:55 ─ 駅改札前・ドキドキ待機中
5分前到着。早すぎたかな。改札前でキョロキョロしてたら、不審者に見えちゃう。
そんな時、背後から聞き慣れた声。
「渚」
振り返ると、いつものスーツじゃない、カジュアルな装いの和が立っていた。シンプルなネイビーのシャツが、普段より若々しい印象を与えている。
「和さん!」
もう職場じゃないから、自然に名前で呼べる。それだけでちょっと嬉しい。
「今日はありがとうございます」
「ありがとうって…」彼は苦笑いを浮かべた。「俺の方こそ、最近は渚を1人にばかりさせて……。埋め合わせというほどじゃないけど、せっかくの休日だし、一緒に楽しもう」
昨日の資料室での和解。あの時の彼の言葉を思い出す。
「バラ園のフェア、始まったんですよね」
「ああ。渚、花は好きか?」
「大好きです。特にバラは憧れがあって…でも、わたし、薔薇より写真写り悪いかもしれませんよ」
「そのときはピントを調整するから」
言い終えると、照れたのか軽く咳払い。私は思わず笑った。
🌹 12:30 ─ バラ園・色とりどりの世界
「すごい…」
園内に足を踏み入れた瞬間、思わず声が漏れた。赤、ピンク、白、黄色…様々な薔薇が咲き誇る光景は、まるで絵画の中に迷い込んだよう。
「春のバラは綺麗だろう?」和が隣で呟く。「秋のバラも美しいけど、この時期の薔薇は生命力に溢れてる」
私たちはゆっくりと園内を歩き始めた。他のカップルや家族連れも多く、でも不思議と二人だけの世界にいるような感覚。
「渚はどんなバラが好き?」
「うーん…」立ち止まって考える。「派手すぎない、でも存在感のあるものが好きです。あ、このピンクのバラ、素敵」
「『クイーン・エリザベス』だな」彼が名札を確認する。「上品で気品がある。渚らしい選択だ」
その言葉に、頬が少し熱くなる。私らしい、って…。
「和さんは?」
「俺は…」彼は少し歩いて、真っ白なバラの前で足を止めた。「このホワイトローズかな。シンプルだけど、凛として美しい」
その横顔を見つめていると、彼がふと振り返る。
「ん?どうした?」
「あ、いえ…私も見とれてました」
そこで二人とも気づく。私が見とれていたのは、バラじゃなくて…。
和が少し照れたように髪をかいた。「そんな風に見られると、俺の方が恥ずかしくなる」
📸 14:15 ─ 写真撮影タイム
「せっかくだから、写真撮ろうか」
和の提案に、私は少し緊張した。「私、写真あんまり慣れてないんですけど…」
「大丈夫だって。渚の自然な笑顔が一番いいから」
彼は手慣れた様子でスマホを構える。「そうそう、そのまま。バラと一緒に…はい」
パシャリ。
「どう?」彼が画面を見せてくれる。
映っているのは、ピンクのバラと私。確かに自然な笑顔が写っている。でも何より嬉しかったのは、撮影している間の和の優しい眼差しだった。
「ピント、完璧ですね」私は笑った。
「約束通りだろう?」彼も嬉しそうに微笑む。
「今度は一緒に撮りませんか?」私が提案すると、彼は少し照れながら頷いた。
セルフタイマーをセットして、白いバラの前に並んで立つ。カウントダウンが始まると、なぜか二人とも緊張してしまう。
3、2、1…
パシャリ。
「あ、目をつぶっちゃった」私が画面を確認すると、確かに私だけ目をつぶっている。
「もう一回撮ろう」彼が笑いながら言う。
今度はうまく撮れた。二人並んで微笑む写真。なんだか、本当のカップルみたい。
「いい写真だな」和がしみじみと画面を見つめる。「渚、すごく可愛く撮れてる」
「可愛いって…」顔が熱くなる。
「本当のことだよ」彼がそっと私の手を取った。「今日の渚、いつもと違って見える。女性らしくて、綺麗だ」
手を繋がれた温かさと、彼の言葉で、心臓が爆発しそうになった。
🚃 16:45 ─ 帰り道・電車の中
「今日は本当にありがとう」
電車の座席に並んで座りながら、私は改めてお礼を言った。まだ手は繋いだまま。
「こっちこそ。久しぶりに、こんなにリラックスできた」和が窓の外を見ながら答える。「普段は職場だと、どうしても緊張しちゃうんだよな」
「え?そうなんですか?」
「特に渚の前では」
その言葉に、私は驚いて彼を見た。
「私の前で?どうして?」
「だって…」彼は少し頬を染めて言った。「渚は俺が知ってる中で一番真っ直ぐで、一生懸命で…そんな人に嫌われたくないから」
その告白に、胸が熱くなる。私が彼を想っているように、彼も私のことを…。
「和さん」私は勇気を出して言った。「私の方こそ、あなたに認められたくて必死でした。学生の頃からずっと」
「知ってるよ」彼は優しく微笑んだ。「その一生懸命さが、渚の一番の魅力だから」
繋いだ手に、少し力が込められる。
「また一緒に出かけようか?今度は渚の好きな場所に」
その提案に、心が躍った。
「本当ですか?」
「ああ。渚ともっと色んなところに行ってみたい」
電車が駅に着くまでの短い時間。でも、昨日の資料室での和解よりも、さらに深い理解が生まれた気がした。
🏠 19:30 ─ 自宅・今日の振り返り
本日の収穫:
- 和さんの新しい一面を見ることができた
- 自然体で過ごせた
- 素敵な写真が撮れた
- お互いの本音を聞けた
- 手を繋いでもらえた
スマホの写真フォルダを見返す。今日撮った写真の中で、一番のお気に入りは、二人で笑っている写真。
でも実は、もっと嬉しかったのは、和さんが私の手を取ってくれた時の温かさ。
「可愛い」「綺麗だ」って言ってもらえたこと。
今度は私の好きな場所…。山登りとか、体を動かせる場所がいいかな。それとも、もっと落ち着いた場所がいいかな。
考えるだけでワクワクする。
近頃は寂しくて不安で眠れないことも多かったけど、今夜は幸せすぎて眠れそうにない。
でも、これって嬉しい悩みよね。
明日への決意: 職場では普通の同僚として振る舞うこと。でも、心の中では今日の温かい記憶を大切にしまっておこう。
そして、次のデートの計画を密かに練ってみよう。
私の恋は、また一歩前進した日曜日でした。
(おわり♡)