夏空の下の、もう一つの約束(2025海水浴)(第2学年編・13)

ユリシアの全力おにいたん計画第2学年

花火大会の翌朝。
和先生の家のリビングには、昨夜の楽しかった余韻と、少しだけ寝不足の気怠さが混じった、穏やかな空気が流れていた。

ユリシアは、お気に入りのエプロンをつけて、朝食の準備をしている。味噌汁のいい香りがふわりと漂う。しかし、その横顔はどこか物憂げで、でもどこか計算づくの甘えが隠れていた。

「…おはよう、ユリシア」
寝癖をつけたままリビングに入ってきた和先生が、少し眠そうな声で挨拶をする。

「あ、おにいたん♡、おはよう!朝ごはん、もうすぐできるからね」
ユリシアは振り返り、いつもの太陽のような笑顔を向けた。でも、その笑顔の裏に、わざとらしくかすかな寂しさをちらつかせてみせるのを、和先生は見逃さなかった。

「どうした?昨日は疲れたか?」
コーヒーを淹れながら尋ねる彼に、ユリシアは首を横に振りながら、甘えた声で返す。
「ううん、すっごく楽しかったよ!みんなで行く花火大会も、特別だなって思った。雫ちゃんも、まりちゃんも、みんな本当に嬉しそうだったし…」

「そうだな。皆の笑顔が見られて、俺も嬉しかったよ」

「…でもね」
ユリシアは、お皿に盛り付けた卵焼きのハートを、指でそっとなぞりながら、上目遣いに和先生を見つめる。「みんなで行くのも楽しいけど…昔みたいに、おにいたん♡と二人だけで行く海も、やっぱり特別だったなあって…ちょっと思っちゃった。えへへ、私、わがままかな?」

その、ぽつりと漏らされた本音に、和先生はハッとした。
そうだ。いつから忘れてしまっていたのだろう。夏に二人で海へ行くのは、ただの恒例行事ではない。それは、幼い彼女と交わした、誰にも邪魔されない、かけがえのない「約束」だったはずだ。

春に交わされた「卒業までの勝負」という、少女たちの健気な約束。それを尊重するあまり、自分はユリシアとのもっと古くて、もっと個人的な約束を、無意識に後回しにしていたのではないか。

和先生は、コーヒーカップを置くと、ユリシアの隣に立った。
「…ごめんな、ユリ。俺が、忘れてた」

「え?」
「君との夏の約束のことだ。君が毎年、どれだけ楽しみにしてくれていたか、ちゃんと分かってっていたはずなのに…」

「ううん、そんなことないよ!私、わがまま言っちゃった…」
慌ててユリシアが言うが、その瞳は計算されたかのように潤み始める。和先生が優しく首を振るのを待ってから、彼女は甘く微笑んだ。

「いや、俺が不誠実だった。だから…」
彼は、ユリシアの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「今度の週末、行こうか。二人だけで。これは、みんなとの勝負とは別の、俺たちの特別な約束だから」

「おにいたん♡…!」
ユリシアの目に、みるみるうちに大粒の涙が浮かぶ。でも、その唇の端は、ほんのわずかに、勝利を確信したかのように上がっていた。

「ああ、もちろん。その代わり、皆には内緒にしておこう。余計な波風を立てることもないだろうから」
和先生が悪戯っぽくウインクすると、ユリシアは涙を拭って、満面の笑みで力強く頷いた。
「うん!えへへ、内緒のデートだね♡」

秘密の響きに、ユリシアの心は喜びで弾けた。二人だけの秘密のデート。
花火大会の思い出に、もう一つ、かけがえのない夏の約束が加わった瞬間だった。