カランコロンと、メイド喫茶「チューエル」のドアを開ける音が響いた。温かな秋の日差しを背に店内に足を踏み入れると、冷たい空気が頬を撫で、和先生は思わず「はあ、中は涼しいなあ」と小さく呟いた。まだまだ暑さが残る10月、ひんやりとした店内の空気が心地よく感じられた。
奥の席に向かおうとするその瞬間、不意に背後から聞こえた声に足を止めた。「和先生♡」
え?と思いながら振り返ると、そこには銀髪ツインドリルの茉里絵が立っていた。にこやかな笑みを浮かべ、上品な佇まいを崩さずに先生を見つめている。「あ、君は確か、1年C組の橘茉里絵さんだったよね」と少し戸惑いながらも彼女に声をかけると、茉里絵は丁寧にお辞儀をしてから、一歩ずつ近づいてきた。
「ご機嫌よう、和先生。今日はこんなところでお会いできるなんて、まさに運命ですわね。どうぞ、私にお時間をいただけますでしょうか?」
その上品な物言いと、優雅な立ち振る舞いに和先生は少し緊張しながらも、「ああ、もちろん。座っていいよ」と促した。茉里絵はその言葉に嬉しそうに微笑むと、自然な動きで和先生の隣に腰を下ろした。
「ありがとうございますわ、和先生。こうしてお話できる機会をずっとお待ちしていましたの」と、茉里絵は少し頬を赤らめながら言った。彼女の視線が、まるで和先生を探るように優しく注がれる。
「えっと、それは光栄だね。ところで、今日は何か用事があったのかな?」と先生が問いかけると、茉里絵はほんの少し目を伏せ、何かを決意したかのように見えた。「いえ、特別な用事はございませんの。ただ、和先生と少しでもお話したくて…ああ、なんて幸せなひとときなのでしょう…」
その言葉に、和先生の心が微かに揺れるのを感じた。これまで見たことのないような熱を帯びた眼差しで、茉里絵がじっと自分を見つめている。そして、少しずつ距離を詰めるように、茉里絵はそっと彼の腕に触れた。「先生、少しお疲れのご様子ではありませんか?お背中を、少し揉んで差し上げてもよろしいでしょうか?」
「えっ、そんなことまで気にしなくていいよ」と慌てる和先生だったが、茉里絵はすでに柔らかな手つきで彼の肩をそっと押し始めていた。「どうぞ、無理なさらずに。こうして和先生のお疲れを癒すのも、生徒としての役目ですもの…ね?」その言葉の裏にある、茉里絵の意図を探ることができず、和先生は戸惑いながらもそのまま彼女に身を任せるしかなかった。
肩を揉む手つきは想像以上に熟練していて、和先生は思わず「ああ…気持ちいい…」と口に出してしまった。すると茉里絵は、まるで得意げに微笑んで、「ふふ、よろしいでしょうか、先生?まだまだこれからが本番ですのよ」と耳元でささやいた。その言葉に、和先生の心臓が一瞬跳ね上がった。
「こんな近くで和先生とお話しするなんて、本当に夢のようですわ…」と、茉里絵はさらに距離を縮めてきた。彼女の呼吸が和先生の肌に触れるほど近い距離に、和先生は思わず緊張して身を固くする。
「ねえ、先生。私、実は少し変わったお願いがあるのですけれど…」と、茉里絵は目を潤ませながら、さらに和先生の腕に絡みついた。
「な、何だい?」と和先生がかろうじて声を絞り出すと、茉里絵はわずかに微笑み、「先生が私のこと、少しでも特別な存在だと思ってくださったら…とても嬉しいのですわ。どうか、私の努力を見ていてくださいませんか?」と静かに言った。
その言葉の意味を探る間もなく、茉里絵は軽く和先生の肩に寄りかかると、耳元でさらにささやいた。「先生、どうか、私に目を向けていただけませんか?私だけを見ていてほしいのです…ずっと」
和先生の顔が真っ赤に染まる。茉里絵の大胆さに驚きつつも、その言葉のひとつひとつが彼の胸を強く打つ。「あ、ありがとう…茉里絵さん。でも、こういうのは…ちょっと不意打ちすぎて、僕も困ってしまうよ」と正直に答える和先生。
すると茉里絵は、まるで期待通りとでも言うように微笑みを浮かべた。「あら、ごめんなさい、先生。少しだけ、お嬢様のわがままを言わせていただいただけですの。でも、お心が揺れたご様子を見られて、私、少しだけ嬉しかったですわ」と軽やかに笑う彼女に、和先生は返す言葉が見つからず、ただ茉里絵の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
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最後に、少し気まずさを感じた和先生が「そ、そろそろ帰る時間だね」と立ち上がろうとすると、茉里絵はさっとその手を掴み、和先生の目をじっと見つめた。「先生、どうか…またお話させてくださいね。次は、もっとたくさんの私を知っていただけるよう、頑張りますから」
和先生はその強い意志が込められた瞳に一瞬圧倒されながらも、「あ、ああ…もちろん、また話そう」と答えた。和先生の返事に茉里絵は、満面の笑みを浮かべ、深々とお辞儀をしてから静かに席を離れていった。
店を出る時、和先生は自分の鼓動がまだ早くなっていることに気づいた。「まさか、あの茉里絵さんがこんなに積極的だとは…」と心の中で驚きつつも、彼女の上品でありながらも熱い情熱を持った振る舞いに、少しだけ心を揺さぶられている自分に気づくのだった。