プロローグ
本屋に立ち寄った和先生の目に飛び込んできたのは、グラビアページを飾る雫の姿だった。普段は毒舌で素っ気ない態度の生徒が、まるで違う人のように輝いている。思わず手に取った雑誌を、気づけば3冊も買い求めていた。
「先生が私の雑誌を3冊も!?」というユリシアの報告に、雫は表向き「ふーん、別に…」と受け流しながら、内心では抑えきれない喜びに震えていた。
彼女が和先生に特別な想いを抱くようになったきっかけは、誰とも違う彼の接し方だった。周りが雫を芸能人として特別視する中、和先生だけは等身大の生徒として向き合ってくれた。叱るときは本気で叱り、褒めるときは心から喜んでくれる。その真摯な姿勢に、知らず知らずのうちに心を奪われていった。
第一章:心のざわめき
「なにそれ、和先生、私のグラビア雑誌を3冊も買ったんだって!?…えっ、そ、そんなに気に入ってくれたってこと…?」
昼休み、ユリシアから思いがけない報告を受けた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。でも、表情には出せない。だって、私は立野雫なんだから。
「…別に、あのおっさんが私の写真見たからってどうってことないし。あんなの仕事だから、ただの雑誌だし!そ、それにしても…3冊って物好きにもほどがあるでしょ…」
一応冷静に返してみたけど、顔が熱くなるのが止まらない。
(3冊って…なにそれ!?1冊じゃ我慢できなかったってこと…?ちょ、先生が私を見てドキドキしたってこと!?それってつまり、少しでも女の子として見てくれてるってことじゃない!?)
心の中ではもう、舞い上がりすぎて花火が打ち上がってる状態!でも、そんな喜びを素直に顔に出すなんて、できるわけがない!
「雫ちゃん、顔真っ赤だよ?」
「う、うるさいわね!そんなことないし!」
ユリシアの言葉に慌てて両手で頬を覆う。鏡で見なくたって分かる。今の私の顔は、きっと火照りまくってる。
(もう…なんで私ったら、こんなに動揺してるのよ…)
でも、仕方ないじゃない。だって…。
(ほんとはね、めちゃくちゃ嬉しいよ。いつも「おっさん」とか「先生」なんて言って冷たくしてるけど、本当は…ずっと、あんたのことが好きなんだから!)
周りのみんなが私を特別扱いする中で、あの人だけは違った。芸能人だからって気を遣うことなく、他の生徒と全く同じように接してくれる。そんな風に接してくれるの、先生だけなんだから…。
「立野さん、宿題はきちんとやってきましたか?」
「はぁ!?私に向かって何言ってんのよ、おっさん!」
「宿題をやってこなかったのなら、放課後に残って終わらせてもらいますよ」
「ちょっと待って!そんな…うぅ…」
あのとき、私、泣いちゃったんだよね。でも…あれが全ての始まりだった。
他のみんなは「立野さんに無理させないで」って言うのに、先生は違った。私のことを、ただの生徒として、一人の人間として見てくれた。
「立野さんは、もっと頑張れるはずです」
その言葉が、私の心に深く刺さった。それまで誰も、そんな風に言ってくれる人はいなかった。みんな「アイドルだから」って特別扱い。でも先生は違った。
(あの日から…私、先生のことを特別に想うようになったの)
グラビアの仕事も、実は先生に気づいて欲しくて始めたようなものだった。普段の私じゃない、もっと魅力的な私を見せたくて。
「雫ちゃん、次の授業、商業科でしょ?和先生の授業だよ?」
「え!?そ、そうね…って、なによ!別にどうってことないじゃない!」
(あぁ…でも、どうしよう。この調子じゃ、絶対に先生の顔まともに見られない…!)
ため息をつきながら、私は教科書を開く。簿記の問題を解きながら、また心の中で独り言。
(先生…どうして3冊も買ったの?私の写真が気になった?それとも、ただの気まぐれ?でも、気まぐれにしては多すぎるでしょ…!)
窓から差し込む陽射しを見上げながら、私は小さくつぶやいた。
「…バカみたい。こんなに気になっちゃって」
心の中では、まだあの報告が何度も何度もリプレイされている。3冊。たった数字だけなのに、この胸の高鳴りは一向に収まる気配がない。
だって…もしかしたら。ほんの少しでも。私のこと、女の子として見てくれてるのかもしれない。そう思うと、どうしようもなく幸せな気持ちになってしまう。
(先生…私、ちゃんと伝えられるかな。この想い)
鐘の音が響き、次の授業の始まりを告げる。私は深いため息をつきながら、教科書を胸に抱きしめた。
(和先生、お願いだから…気づいてよ。私、ただの生徒じゃなくて、あんたにとって特別な存在になりたいの!)
第二章:秘めた思い、溢れ出す本音
放課後の図書室。私は一人、窓際の席で雑誌を広げていた。そう、あのおっさんが買ったという、私のグラビアが載ってる雑誌。
(先生は、この写真のどこを見てくれたんだろう…)
ページをめくる手が少し震える。普段の制服姿とは違う、ちょっとだけ大人っぽい私。撮影の時は強がってたけど、実は緊張で心臓が飛び出しそうだった。
「…なによ、こんなとこで一人で見て。恥ずかしくなってきた」
慌てて雑誌を閉じる。でも、また開きたくなる。だって、この写真を見て、先生は3冊も買ってくれたんだもん。
(ねぇ、先生…私のこと、どう思ったの?)
窓の外では部活動の声が聞こえる。いつもの放課後の風景。でも今日は、私の心はざわざわして落ち着かない。
思い返せば、先生との出会いは最悪だった。入学式の日、遅刻しそうになって走ってきた私にぶつかったのが、他でもない和先生。
「おい!走るな!」
「あんたこそ、人にぶつかっておいて何よ!」
「生徒が先生に向かってその態度は…」
「は?先生!?このおっさんが!?」
今思い出しても恥ずかしくなる最悪の第一印象。でも、そこから全てが始まった。
周りの先生たちは皆、私に気を遣いすぎる。「アイドルの立野さん」って。でも、あの人は違った。他の生徒と全く同じように接してくれた。宿題を忘れれば容赦なく叱り、良い成績を取れば心から褒めてくれる。
「立野さんは、もっと本気を出せるはずです」
そう言って、私を追い込んでくる。時には厳しく、でも決して見放さない。そんな先生の姿に、いつの間にか心を奪われていった。
(先生にとって、私は本当にただの生徒なのかな…)
グラビアの仕事を始めたのも、実は先生を意識してた。普段の私じゃない、もっと魅力的な私を見せたくて。でも…。
「あーもう!バカみたい!こんなことで先生の気を引こうなんて…」
机に突っ伏して、大きなため息。
「でも…嬉しかった。3冊も買ってくれて」
小さな声で呟く。心の中では、まだあの報告が何度も何度もリプレイされている。
(どうして3冊も…?1冊じゃ足りなかったの?それとも…。ううん、考えすぎよ。きっと、ただの気まぐれ。そう、気まぐれに決まってる!)
自分に言い聞かせるように頷く。でも、胸の高鳴りは収まらない。
「立野さん、まだいたんですか」
「!?」
突然の声に、びくりと体が跳ねる。振り返ると、そこには他でもない和先生が立っていた。
「お、おっさん!?なんでこんなところに…」
「図書室の消灯時間ですよ。さっさと帰りなさい」
「あ、ごめんなさい…って、なによその言い方!もう帰るわよ!」
急いで荷物をまとめながら、私は必死に動揺を隠す。視線が合わないように、わざと背を向けて。
(やばい、やばい…!今の私、絶対顔真っ赤だし…!)
「あ、それと立野さん」
「な、なに…?」
「明日の小テスト、ちゃんと準備してきてくださいよ」
「分かってるわよ!もう!」
図書室を飛び出すように走り去る。でも、廊下に出てからも、心臓の鼓動は収まらない。
(先生の声、いつもより優しかったような…気のせい?やっぱり気のせいよね…)
夕暮れの廊下に、私の足音だけが響く。
「…好き」
誰もいない空間に、小さな告白が零れる。
(好きなの。いつも厳しく指導してくれる先生のこと。私を特別扱いしない先生のこと。たまに見せる優しい笑顔も…全部、好き)
窓の外では夕陽が沈みかけていた。オレンジ色に染まる空を見上げながら、私はまた心の中で呟く。
(先生…毎日毎日、あなたのことばかり考えてる。そのくせ素直になれない私って、本当にバカ。でも…いつか絶対、私の気持ち、伝えたいな)
図書室の窓に映る私の顔は、夕陽のせいだけじゃない赤さで染まっていた。
第三章:和先生の優しさと、雫のツンデレ
翌日の商業科の授業。黒板に向かって説明する和先生の後ろ姿を、私は密かに見つめていた。いつもよりちょっと背筋を伸ばして、きちんとノートを取るフリ。
(うっ…緊張する…!やっぱり、昨日のこと考えると…)
先生が振り返るたびに、私の心臓は大きく跳ねる。昨日の図書室での出来事が、まだ生々しく蘇ってくる。
「はい、では立野さん。この仕訳を説明してください」
「え?あ、はい…!」
突然の指名に、慌てて立ち上がる。普段なら完璧に答えられる仕訳の問題なのに、今日は頭が真っ白になってしまう。
(やばっ、集中できてなかった…!)
「簿記の女王様が珍しく詰まるなんて」
和先生の冗談めいた言葉に、教室が笑いに包まれる。
「も、もう!からかわないでよ、おっさん!別にあたしだって…!」
慌てて強がってみせたけど、和先生の優しい微笑みに、また心臓が跳ねる。
(ああ、もう…先生の笑顔、ズルい…!)
「立野さんなら、この程度の問題はすぐに解けるはずですよ」
そう言って、先生は黒板の前で待ってくれている。私を信じてくれている、そんな眼差し。
(…うん、よし。ここで弱音なんか吐いてられない!)
深呼吸をして、もう一度問題を見直す。
「仕訳は…現金を借方に、売上を貸方に計上します。これは、商品を現金で売り上げた取引なので…」
言葉が自然と流れ出す。これなら大丈夫。だって、先生が教えてくれたことだもん。
「その通りです。さすが立野さん」
先生の言葉に、密かに胸が温かくなる。
(よかった…先生の期待、裏切らなくて…)
席に戻りながら、チラッと先生を見上げる。その目が合った瞬間、慌てて視線を逸らす。
「ったく…調子に乗らないでよ、このおっさん…」
小さく呟いてみせたけど、内心では嬉しさでいっぱい。
(だって…先生、私のこと信じてくれてたんだもん)
授業が終わり、教室を出ようとする先生を見送りながら、昨日買った雑誌のことを思い出す。
(3冊も…。でも、この授業見てると、やっぱり私のこと、ただの生徒としか見てないのかな…)
「立野さん、今日の放課後、少し時間ありますか?」
「え!?」
突然の声掛けに、びくっと肩が跳ねる。
「な、なによ!?私、別に掃除当番とかじゃないわよ?」
「いえ、実は…」
先生は少し言葉を選ぶように間を置いて、
「昨日の雑誌のグラビア、とても素敵でしたよ」
「!?」
突然の言葉に、頭の中が真っ白になる。
(え、えぇぇぇ!?なに!?今、なんて!?)
「普段の立野さんとは違う表情が印象的でした」
「ちょ、ちょっと…!急にそんなこと言わないでよ!」
慌てて両手で顔を覆う。絶対、今の私の顔、真っ赤に違いない!
「特に、最後のページの笑顔が…」
「もう、言わないで!絶対に言わないで!」
教室から逃げ出すように走り去る私。でも、心の中はもう大パニック!
(どういうこと!?先生、ちゃんと見てくれてたの!?しかも、最後のページまで…!)
廊下の端まで走って、やっと立ち止まる。
「はぁ…はぁ…」
息を整えながら、壁に寄りかかる。心臓の鼓動が収まらない。
(先生…私の笑顔、気に入ってくれたの…?)
そう思うと、また顔が熱くなる。
「…バカみたい」
小さく呟きながら、でも、止められない笑みがこぼれる。
(でも…嬉しい。先生が私の写真、ちゃんと見てくれてたなんて…)
帰り支度をしながら、私は決意する。
「よし…明日は、もっと頑張ろう」
簿記の問題も、グラビアの仕事も。全部、先生に認めてもらえるように。
(先生…私、もっともっと輝いてみせるから。だから…私のこと、ちゃんと見ていてね)
放課後の教室に、夕陽が差し込んでくる。その光に照らされて、私の頬は今日も赤く染まっていた。けれど今日は、いつもより少しだけ、幸せな色をしていたような気がする。
エピローグ:誰にも言えない、雫の本当の気持ち
夕暮れ時の教室。一人残った私は、窓際の席で深いため息をついていた。
「はぁ…なんか、今日はすごく長い一日だったな…」
机の上には、和先生が買ったという3冊のグラビア雑誌。でも、もう開く勇気はない。だって…。
(だって…先生が私の笑顔を気に入ってくれたって知っちゃったら、もう普通に見られないじゃない…!)
思い出すだけで顔が熱くなる。心臓も、まだバクバクしたまま。
「本当に…あのおっさん、人の心も知らないで…」
机に突っ伏して、グラビアの自分と目が合わないようにする。なのに、先生の言葉が何度も何度も蘇ってくる。
「普段の立野さんとは違う表情が印象的でした」
「特に、最後のページの笑顔が…」
(うぅ…先生の声、優しかったな…いつもより、ずっと…)
窓の外では、部活帰りの生徒たちが下校していく姿が見える。みんな楽しそうに話しながら歩いていく。
「私も、早く帰らなきゃ…」
立ち上がろうとして、ふと机の上の雑誌が目に入る。
「…やっぱり、もう一回だけ」
おそるおそる最後のページを開く。そこには、カメラマンに言われるままに作った笑顔じゃない、何かホッとしたような、柔らかな表情の私が写っていた。
(こんな顔してたんだ…私)
撮影の最後、和先生のことを考えながら微笑んだ一枚。その時は気づかなかったけど、今見ると…なんだか恥ずかしい。
「先生…私ね、本当はね…」
誰もいない教室に、小さな告白が零れる。
「いつも強がってごめんなさい。でも、あんたのことが…好き、なの」
言葉にした途端、顔が真っ赤になる。慌てて両手で頬を覆う。
(ああ、もう!なんで独り言でこんなに恥ずかしいのよ!)
夕陽に照らされた教室で、私は静かに微笑む。この気持ち、まだ先生には言えない。でも…。
「和先生…いつか私、ちゃんと伝えるから」
鞄を手に取り、立ち上がる。グラビア雑誌は、大切そうにしまい込んで。
(だって私、先生の特別になりたいんだもん。今は言えなくても、きっといつか…!)
「明日も、頑張ろっと」
教室を出る前に、もう一度窓の外を見る。夕陽は沈みかけていたけど、なんだか明日が楽しみになってきた。
(先生、私のこと、もっともっと見ていてね。だって私…)
そっと胸に手を当てる。この鼓動が、いつか先生に届くように。
「明日は、もっと素敵な私になってみせるんだから…!」
夕暮れの廊下に、私の決意の言葉が響いた。そして窓ガラスに映った私の顔は、グラビアの時よりも、もっともっと幸せそうに笑っていた。