全日本ジュニアメイドグランプリの地区予選会場。チューエル淑女養成学院の引率教員として会場に到着した渚は、生徒たちを誘導しながら会場の準備を確認していた。
「渚ちゃん?渚ちゃんじゃない!?」
突然、懐かしい声が背後から響いてきた。振り向くと、そこには見覚えのある凛とした立ち姿の女性が立っていた。
「りっ…凛ちゃん!?まさか…」
一瞬の驚きの後、渚の顔に笑顔が広がる。目の前にいるのは、幼なじみの霧島凛。聖フルール女学院の体育教師として、同じく引率で訪れていたのだ。
「久しぶり!もう10年になるのかな?」凛が渚に駆け寄る。「でも、すぐに分かったわ。その後ろ姿、相変わらずしっかりしてるもの」
「凛ちゃんこそ…全然変わってないわね」渚は少し照れながら答えた。
「変わってないどころか、渚ちゃん、すっごくいい体してるじゃない!」凛は渚の二の腕を軽く つついた。「これはもしかして、毎日トレーニング?」
「あ、えっと…」渚は顔を赤らめる。
「あははっ、この反応、昔と同じね」凛は懐かしそうに笑う。「覚えてる?体操教室で、いつも渚ちゃんが『もっと強くなりたい』って言ってた頃」
「も、もう!あんな恥ずかしい話…」
「恥ずかしくないわよ。私、覚えてるんだから。体操着姿の渚ちゃんが、真っ赤な顔で『私も凛ちゃんみたいになりたい!』って言ってくれた時、すっごく嬉しかったんだから」
思い出話に、二人の間に温かな空気が流れる。
「そういえば…」凛が少し意地悪そうな笑みを浮かべる。「あの頃から、渚ちゃんったら『素敵な先生になって、立派な淑女を育てたい』って言ってたよね。夢が叶ったってことは…理想の先生に出会えたのかな?」
「えっ!?」渚の顔が見る見る真っ赤になっていく。
「当たり?」凛はさらに笑みを深める。「ねぇ、このあとお茶でもしない?懐かしい話、いっぱいしたいな」
「…うん」渚は小さく頷いた。心の中では、和先生のことを凛に相談できる喜びと、恥ずかしさが入り混じっていた。
乙女の告白 〜放課後のカフェにて〜
大会の審査が終わり、生徒たちを送り出した後、二人は駅前の小さなカフェに足を運んだ。窓際の席に腰かけた渚は、紅茶カップを両手で包むように持ちながら、時折上目遣いで凛の様子を窺っていた。
「まぁ、渚ちゃん。その仕草、昔とそっくりね」凛は優しく微笑んだ。「何か話したいことがあるのに、なかなか切り出せない時の」
「えっ…」渚は思わず真っ赤になる。「やっぱり、分かる?」
「そりゃあ分かるわよ。幼稚園から中学まで一緒だったんだもの」凛はコーヒーをすすりながら、懐かしそうに目を細める。「特に中学の時なんて、毎日のように『凛ちゃん、相談があるの』って」
「久しぶりね…私が高校で地元に残って、凛ちゃんが体育科のある名門校に進学してから…」
「そうね…もう10年だもの。私がその後欧州に行ってたこともあって、全然会えなかったからね」
「凛ちゃんって、留学中も SNS で色んな写真を投稿してくれてたじゃない?あれ、密かな楽しみだったの」
「あら、見てくれてたの?でも、いいコメントもくれないで」凛は意地悪く笑う。
「だって…なんだか恥ずかしくて…」渚は少し俯く。
「でも、今日の渚ちゃん、すっごく素敵よ?」凛は真剣な表情で言った。「あの筋肉、相当な努力の賜物でしょう?」
「あ…ありがとう」渚は少し誇らしげに微笑む。「でも、生徒たちから『マッスル渚』なんて呼ばれちゃって…」
「いいじゃない!私、大好きよ、そういうの」凛は目を輝かせる。「女性らしさと強さを兼ね備えてるなんて、素敵だと思うわ。…それに」凛が意味ありげに笑う。「きっと、その努力には特別な理由があるんでしょう?」
「…!」渚は思わずカップを握りしめる。
「ね?当たってる?」
「う、うん…」渚は小さく頷いた。「実は…学院に…素敵な先生が…」
「やっぱり!」凛は嬉しそうに身を乗り出す。「どんな先生なの?」
「和…和先生って言って…」渚の声が徐々に小さくなる。「商業科の…」
「へぇ〜」凛は興味深そうに聞いている。「いつから?」
「私が教員になって、チューエルに赴任した時からよ」渚は頬を染めながら続ける。「でも…私、全然アプローチできなくて…同僚として、きちんとした距離感で接するのが精一杯で…」
「あら、それは意外」凛が首をかしげる。「だって渚ちゃん、昔から『女性は自分の気持ちに素直になるべき』って言ってたじゃない」
「そ、それは…」渚は顔を真っ赤にする。「理想と現実は違うのよ…」
「ふふ、分かるわ」凛は優しく微笑んだ。「でも、覚えてる?私たちの『乙女の誓い』。いつか素敵な人を見つけたら、必ず幸せになれるようお互い助け合おうね…って」
「うん…」渚の目に、小さな涙が浮かぶ。
「だから、私に任せて」凛は決意に満ちた表情で言った。「渚ちゃんの恋、必ず実らせましょう」
「で、でも…どうやって…」
「それは、これからゆっくり考えましょう」凛はウインクする。「まずは和先生のことを、もっと詳しく教えて?」
そうして二人は、夕暮れのカフェで長い話に花を咲かせた。時折恥ずかしそうに俯く渚と、優しく微笑む凛。10年の時を経ても変わらない友情が、このひとときを温かく包んでいた。
「あ、そうそう」話の途中で凛が思い出したように言う。「渚ちゃんって、まさか…まだ…?」
「えっ!?」渚は思わず立ち上がりそうになる。「も、もう!そういうことは聞かないの!」
「やっぱり♪」凛は楽しそうに笑う。「その反応、完全に想定内よ」
「凛ちゃんったら…」渚は真っ赤な顔を両手で覆う。「相変わらずね…」
夕陽に照らされたカフェの中で、二人の笑い声が静かに響いていた。これから始まる恋の行方に、期待と不安が入り混じる夕暮れ時。渚の新しい物語は、ここから始まろうとしていた。
秘めた想いの行方 〜和先生の素顔〜
「和先生ってば、本当に女性のことは全然分かってないのよ」渚は溜息交じりに言った。「先日なんて、雫さんという生徒が明らかにアプローチしてきているのに、まったく気付いていなくて…」
「ふーん」凛は意味深な表情を浮かべる。「ライバルがいるってことね」
「そんな…」渚は慌てて手を振る。「雫さんはまだ生徒だし…それに…」
「それに?」
「和先生は…」渚は少し躊躇いながら続けた。「もう50代前半なんだけど…」
「へぇ〜」凛は興味深そうに聞いている。「経験豊富な先生なのね」
「そ、それが…」渚は声をさらに低くする。「和先生は…そういう経験が…全く…」
「まさか!」凛は目を丸くする。「あの年齢で?でも…渚ちゃん、そういう個人的なことまで、どうして知ってるの?」
渚は手で顔を覆いながら小さな声で答えた。「それが…この前、職員室で遅くまで残業していた時…」
「うんうん?」凛は身を乗り出す。
「和先生が珍しく愚痴をこぼしてきて…『最近の若い先生たちは恋愛の話ばかりで困る』って」渚は思い出し笑いをする。「それで私が『和先生も若い頃は…』って聞いたら…」
「それで?」
「『いや、私にはそういう経験は一切なくてね』って、何の警戒もなく話してくれて…」渚は頬を赤らめる。「きっと私のことは、全く異性として意識してないんだわ…」
「あらあら」凛は意味深に微笑む。「でも、そうやって二人きりで夜遅くまで話せる関係なのね」
「そ、それは…!」渚は慌てて手を振る。「同僚として、ただの…」
「ふふふ」凛は楽しそうに笑う。「和先生、女性として意識してないからこそ、渚ちゃんには本音で話せるのかもしれないわね。これは意外といいチャンスかも…」
「え?」渚は不安そうな表情を浮かべる。「どういう意味…?」
「だって考えてみて」凛は声を潜めて続ける。「警戒心ゼロってことは、渚ちゃんの自然な魅力が伝わるチャンスってことよ。仮面をかぶった関係じゃない分、本当の心が通じ合える可能性だってあるわ」
「でも…」渚は俯く。「私、和先生の前だと緊張しちゃって…」
「それがいいのよ」凛は優しく微笑んだ。「そういう素直な反応こそ、きっと和先生の心に届くはず。私が欧州で学んだのは、本物の感情ほど人の心を動かすものはないってこと」
新たな誓い 〜夕暮れの約束〜
「それに」凛はウインクする。「夜遅くまで二人きり、なんて機会、もっと積極的に活用しない手はないわ♪」
「きゃっ!」渚は思わず立ち上がりそうになる。「そ、そんなこと考えたこともない…」
「まあまあ」凛は渚の手を優しく押さえる。「焦ることはないわ。まずは、渚ちゃんの魅力を自然に感じてもらえるところから始めましょ。私がついてるから」
「…本当に、私でいいのかな」渚は不安そうに呟く。
「もちろんよ」凛はしっかりとした口調で答えた。「だって渚ちゃんは、和先生のことを誰よりも想ってるじゃない。その気持ちは、きっと届くわ」
外はすっかり日が傾いていた。凛は立ち上がると、渚の前に手を差し出した。
「私たちには『乙女の誓い』があるでしょう?今日、その誓いを新しくしましょう」
「え?」
「渚ちゃんの幸せのために、私が全力でサポートする。だから渚ちゃんは、自分の気持ちに正直になって」
凛の真剣な眼差しに、渚は思わず涙ぐむ。
「…うん」渚は凛の手を取り、立ち上がった。
「じゃあ、また連絡するわね」凛は帰り際、楽しそうに言う。「作戦会議しなくちゃ」
「えっ、作戦…って…」
「任せて!」凛はウインクする。「欧州で学んだ恋愛術を、惜しみなく伝授してあげる♪」
「もう…相変わらずよ、凛ちゃんって…」
夜の帳が降りかかる街で、二人は再会を約束して別れた。渚の胸には、不安と期待が入り混じる新しい感情が芽生えていた。そして彼女はまだ知らない。この再会が、彼女の人生を大きく変えることになるということを。