ユリシアが角を曲がった瞬間、勢いよくお店から出てきた茉里絵にぶつかってしまった。
「きゃっ、ごめんなさい!」
ユリシアは驚いて慌てて謝るが、茉里絵は少し不機嫌そうに口元を歪めていた。しかし、その表情の裏に、どこかためらいと困惑が隠されているのが、ユリシアにはぼんやりと感じ取れた。
「どこを見て歩いているのですか、まったく…」
茉里絵の声にはいつもの高飛車な響きがあったが、その後すぐに足を止め、じっとユリシアを見つめた。目の奥には、何かを思いつめたような影が見え隠れしていた。
「あなた…ユリシアさん、でしょ?」
意外な問いかけに、ユリシアは少し戸惑いながらも頷いた。
「そうですけど…何か?」
「少し、お話できるかしら。時間、ある?」
その言葉に、ユリシアは一瞬驚いた。学院では有名なお嬢様、橘茉里絵が、自分に話しかけてくるなんて。さらに、不安げで弱々しい響きが、これまで見てきた彼女の堂々とした態度とは明らかに違う。何か事情があるのだろうと感じたユリシアは、彼女の誘いに応じることにした。
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カフェに座り、二人は向かい合っていた。茉里絵はためらうようにカップを手に取り、少し口に含んだ後、ようやく重い口を開いた。
「……私、ずっと強がって生きてきたの。家のために、家族のために、そして周りの期待に応えるためにね。でも、もう限界なの」
ユリシアは、茉里絵の声が震えていることに気づいた。いつも完璧に見える彼女が、こんなにも心の中で苦しんでいるなんて、思いもよらなかった。
「家の事情で、私、好きでもない殿方と結婚することになっているの。橘家の娘としての責務だって、分かってる。でも…」
茉里絵の瞳には涙が浮かんでいた。彼女はこれまでの自分を守るため、強く振る舞ってきたのだと、ユリシアは理解した。
「でも、誰にもこの気持ちを話せなくて。周りの人はみんな、私が高飛車で完璧だって思ってる。それが私を守ってきたんだけど、本当は、こんな風に自由じゃないことに苦しんでるの」
ユリシアは、茉里絵の言葉が自分の心に響くのを感じた。彼女の苦しみは、表面には見えないが、その裏には重い責任や期待がのしかかっていた。
「それで…どうして私に?」
ユリシアは素朴に問いかけた。なぜ、茉里絵が自分にだけこの弱音を吐いているのか、理由が知りたかった。
茉里絵は、少しためらいながらも、静かに微笑んだ。
「あなたがね、いつも自然体だからよ。誰にでも優しくて、偽りがない。それが羨ましかった。私はずっと周りに合わせて作り笑いをしてきたけれど、あなたは、いつも自分らしく生きている。それがすごく…眩しくてね」
その言葉にユリシアは驚いた。自分がそんな風に見られているとは思ってもいなかった。だけど、茉里絵の言葉に嘘は感じられなかった。
「だから…ユリシアさん。もし、私が…友達になりたいって言ったら、受け入れてくれる?」
その問いに、ユリシアは迷わなかった。
「もちろん!私なんかでよければ、ぜひ!」
茉里絵は、初めて本当の笑顔を見せた。それは、これまでの彼女の表情とは全く違っていた。ユリシアも、その笑顔を見て嬉しくなり、二人の間に心の絆ができたことを感じた。
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カフェを出て、二人は並んで歩いていた。茉里絵は少し照れくさそうに、でも嬉しそうにユリシアを見つめた。
「これからは、時々こうして話せると嬉しいわ。ユリシアさん…私、少しだけ救われた気がする」
ユリシアは笑顔で頷いた。
「もちろんです!いつでも声をかけてください!」
二人の間には、新しい友情が芽生えていた。