令和七年八月十九日 火曜日 晴れ
窓の外では、まだ夏の虫の音が賑やかに響いております。寄宿舎・月華寮の自室におりますが、「心身の鍛錬」を重んじる学院の方針で個室に冷房はなく、扇風機の生ぬるい風が、わたくしの頬を撫でるばかり…。淑女とて、この蒸し暑さには少々参ってしまいますわ。🥵
先ほどまで、わたくしは秋の文化祭で披露する新しい衣装のデザインを考えておりましたの。繊細なレースの配置、スカートのドレープの揺めき…。想像を巡らせるのは、何と心躍る時間でしょう。
…と、そこへ。
「あー、もう!暑くてやってらんないわよ!」
ベッドの上で、雫さんがTシャツとショートパンツという、大変ラフな格好で大の字になっておりました。その手には、案の定、チョコミントのアイスが。🍨
「雫さん、そのような格好で寝転がっては、淑女として…」
「うるさいわね。あんたもそれ、脱いだら?見てるこっちが暑苦しいわよ」
まあ、なんてはしたないことを仰るのかしら。わたくしは、たとえ自室であろうとも、優雅なサマーワンピースを嗜むのが淑女の務めですのに。
でも…正直に申し上げますと、少しだけ羨ましく思ってしまったのも事実ですわ。
去年の今頃のわたくしでしたら、きっと雫さんのこの奔放な振る舞いに眉をひそめ、心を閉ざしてしまっていたことでしょう。
けれど、今は違います。
あの秘密のチャットで、貴女の意外な一面を知ってから…いえ、貴女の遠慮のない言葉で、わたくしの固い殻が少しずつ壊されてから。貴女とこうして過ごす時間が、不思議と心地よいのです。
「…ねえ、あんたのその衣装、次の文化祭の?」
アイスを一口食べた雫さんが、不意にそう尋ねてきました。
「ええ、そうですわ。まだ構想の段階ですけれど」
「ふーん。…まあ、あんたのそういうところだけは、認めてあげなくもないわよ」
…素直ではございませんこと。でも、そのぶっきらぼうな言葉の裏にある、ほんの少しの敬意を、今のわたくしは感じ取ることができますの。
「ありがとうございます。雫さんこそ、夏期講習、熱心ですわね。わたくし、少し見習わなくては」
「当たり前でしょ。あのおっさん…和先生に、一番デキる女だって思わせるんだから。あんたも、コスプレばっかしてないで、少しは本気出したらどうなのよ」
…本当に、素直ではございませんこと。
でも、その言葉が、今のわたくしには心地よい発破に聞こえるのです。
ええ、分かっておりますわ、雫さん。
わたくしも、負けるつもりはございません。
今はこうして、貴女と同じ部屋で、同じ夏の夜を過ごしておりますが…。
和先生の隣という、たった一つの特別な場所は、淑女のやり方で、必ずこの手にしてみせますわ。
さあ、明日の夏期講習も、頑張らなくては。
まずは、この蒸し暑さに負けない、涼やかな笑顔の練習から始めましょうか。
おやすみなさいませ。🌙