第1章:浴衣姿の乙女たち
夏の夕暮れ、チューエル淑女養成学院の正門前には、色とりどりの浴衣に身を包んだ女性たちが集まっていた。

おにいたん♡、お待たせ!
水色の朝顔柄の浴衣を着たユリシアが、小走りで和先生のもとへ駆け寄る。髪には白い花の髪飾りが揺れ、その姿はまるで妖精のようだった。

あら、ユリちゃん、走ると着崩れしてしまいますわ
深紅の牡丹柄の浴衣を優雅に着こなした茉里絵が、上品な微笑みを浮かべながら注意する。銀髪のツインドリルには金の簪が光っていた。

ふん、子供っぽいわね
雫は紺地に金魚柄の浴衣で、クールな雰囲気を醸し出していた。しかし、その視線はさりげなく和先生に向けられている。

皆さん、とても素敵ですね
渚先生は薄紫の藤の花柄の浴衣で、大人の色気を漂わせていた。黒髪を優雅にまとめ上げた姿は、普段の体育教師とは別人のようだ。
少し離れた場所で、薄いピンクの桜柄の浴衣を着た小柄な少女が、緊張した面持ちで立っていた。

柚羽、こっちよ
雫が手招きすると、如月柚羽は安心したような表情を見せた。

雫先輩…皆さん、お待たせしてすみません

気にしないで。それより、その浴衣可愛いじゃない
雫の優しい言葉に、柚羽の表情が和らぐ。二人は5月から簿記の検定試験の勉強を一緒に始めて仲良くなり、その後、雫の勧めで柚羽は保健委員になったのだった。あんたみたいな優しい子が保健室にいたら、みんな安心するわよという雫の言葉に背中を押されて決めたのだ。

それじゃあ、みんな揃ったかな?今日は思いっきり楽しもう!
和先生がレンタカーのキーを手に、いつもより砕けた口調で言った。

あ、そうだ。今日は花火大会だけに、みんなの笑顔もパッと花火のように咲かせたいな〜なんて
和先生が照れくさそうに笑うと、一瞬の沈黙が流れた。

…おっさん、それ完全にダジャレじゃない
雫が呆れたような声を出す。

あはは!おにいたん、面白い〜!
ユリシアだけが素直に笑っている。

和先生、まさかダジャレがお好きだったなんて…
茉里絵が扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑う。

ふふ、相変わらずですね、和先生
渚先生が懐かしそうに微笑む。

私が学生の頃も、よくこんなダジャレを言って、クラスのみんなを和ませてくださいました
その言葉に、生徒たちが興味深そうに渚先生を見た。

え、昔からだったんですか?
雫が驚いたように尋ねる。

ええ。でも、そのおかげで緊張していた私たちも、いつも笑顔になれたんです
渚先生の優しい眼差しに、和先生が照れくさそうに頭を掻いた。柚羽は遠慮がちに、でも楽しそうに笑っていた。

え?そんなに変かな?僕としては『花火』だけに上手く決まったと思ったんだけど…

それ以上言ったら、置いていくわよ
雫の脅しに、和先生は苦笑いを浮かべた。しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。

はいはい、分かりました。じゃあ、出発しましょう!
和やかな雰囲気の中、一行は車へと向かった。
第2章:車内の和やかな時間

席順は…そうですね、渚先生、助手席お願いできますか?できたら道案内も…
和先生の提案に、渚先生の瞳が一瞬輝いた。

(え…和先生と隣…!?まさか助手席に座れるなんて…!きゃー!胸がキュンキュンして、トキメキが止まらない〜!どうしよう、顔が熱い…絶対真っ赤になってる…!落ち着いて、落ち着いて渚!でも無理〜!だって和先生の隣なんて、まるで恋人みたいじゃない!?あぁもう、妄想が暴走しちゃう〜!)

は、はい。もちろんです💕
平静を装いながら助手席に座る渚先生だったが、内心では歓喜の舞を踊っていた。
後部座席には、窓側にユリシアと茉里絵、真ん中に雫と柚羽が並んで座った。

柚羽、車酔いは大丈夫?
雫が気遣うように尋ねる。

はい、雫先輩と一緒なら大丈夫です

もう、そんなに気を使わなくていいのよ
車が走り出すと、ユリシアは嬉しそうに窓の外を眺めた。

おにいたん、今日の穴場ってどんなところなの?

湖の対岸にある東屋だよ。みんなは打ち上げ場所の近くに集まるけど、対岸からの方が水上花火が綺麗に見えるんだ

和先生の横顔…運転してる姿も素敵…あぁ、もっとこの時間が続けばいいのに…
渚先生は道案内をしながらも、和先生との距離の近さに心を躍らせていた。

まあ、素敵な場所みたいですわね
茉里絵が優雅に扇子を仰ぐ。

柚羽、花火大会は好き?
雫が隣の後輩に話しかける。

はい!でも、こんなに大勢で行くのは初めてで…

大丈夫よ。私がついてるから
雫の意外な優しさに、ユリシアと茉里絵が驚いたような視線を向けた。
第3章:湖畔の東屋にて
車を停めて、遊歩道を歩き始めた一行。薄暗い道を、和先生が先頭に立って進む。

皆さん、足元に気をつけてくださいね
渚先生も振り返りながら、生徒たちを気遣う。

あ、柚羽、手を貸すわ
雫が浴衣で歩きにくそうにしている柚羽の手を取った。

ありがとうございます、雫先輩
程なくして、木々に囲まれた東屋が見えてきた。屋根とベンチだけのシンプルな造りだが、そこからの眺めは絶景だった。

わぁ、本当に綺麗…
ユリシアが感嘆の声を上げる。対岸の灯りが湖面に映り、幻想的な光景を作り出していた。

それじゃあ、生徒の皆さんは前に座ってください。私たちは後ろから見守りますから
和先生の提案で、ベンチには左からユリシア、雫、柚羽、茉里絵の順で座ることになった。和先生と渚先生は、その後ろに立って花火を待つことに。

和先生と二人で生徒たちを見守る…まるで保護者みたい…いえ、もっと特別な関係みたい…きゃー!
渚先生は妄想を振り払うように首を振った。

柚羽ちゃん、お茶飲む?
ユリシアが水筒を差し出す。

あ、私もお菓子持ってきたのよ
雫も鞄からお菓子を取り出した。

皆さん、優しい…
柚羽の目に涙が浮かぶ。

何よ、泣くことないでしょ
雫が照れくさそうに言うが、その表情は優しかった。
第4章:花火と共に深まる絆
ドーン!
最初の花火が夜空に大輪の花を咲かせた。

きゃー、始まった!✨
ユリシアが興奮して立ち上がりそうになる。

ユリシアさん、座っていないと危ないですよ
渚先生が優しく注意する。

は〜い
ユリシアが座り直した時、和先生が彼女の様子に気づいた。

ユリ、ちょっと待って
和先生が前に回り込み、ユリシアの着崩れかかった浴衣の襟元をそっと直し始めた。

あ…おにいたん…
ユリシアの頬が赤く染まる。和先生の優しい手つきに、心臓がドキドキと高鳴った。

はい、これでよし。浴衣は動き回ると着崩れしやすいから、気をつけてね

うん…ありがとう、おにいたん♡💕
その様子を見ていた雫が、羨ましそうに呟いた。

あ〜、なんか暑くなってきたかも…
そう言いながら、雫は自分の浴衣の襟元を持ち上げてパタパタと仰ぎ始めた。チラリと和先生の方を見やる。

こうすると涼しい〜
明らかなアピールに、茉里絵は扇子で顔を隠しながらクスッと笑い、ユリシアは心配そうに声をかけた。

雫ちゃん、そんなにパタパタしたら着崩れちゃうよ?

う、うるさいわよっ、バカユリシア!別に着崩れなんてしてないし!
雫は顔を真っ赤にして反論したが、その瞬間、本当に帯が少し緩んでしまった。

あ…

ほら、言ったでしょ?
ユリシアが得意げに言うと、雫はさらに顔を赤くした。

べ、別に…これくらい自分で直せるわよ!
しかし、浴衣の帯を自分で直すのは意外と難しく、雫はもたもたと格闘し始めた。

雫さん、手伝いましょうか?
渚先生が優しく声をかける。

大丈夫です!自分で…あぅ…
ますます帯が緩んでしまい、雫は困り果てた表情を浮かべた。隣で柚羽が心配そうに見守っている。

まあまあ、雫さん。素直になりましょう?
茉里絵が優雅に立ち上がり、雫の後ろに回って帯を直し始めた。

…ありがと
小さな声でお礼を言う雫に、和先生が優しく微笑んだ。

雫も気をつけないとね。でも、その浴衣、本当によく似合ってるよ

!…べ、別に、あんたに褒められても嬉しくないんだから!💢
そう言いながらも、雫の表情は明らかに嬉しそうで、皆が温かい笑みを浮かべた。
水上花火が始まると、湖面に映る光の競演に皆が息を呑んだ。

すごい…湖に二つの花火が咲いているみたい
柚羽が感動したように呟く。

でしょ?だから対岸から見る価値があるのよ
雫が得意げに説明する。

まるで、天と地の饗宴ですわね
茉里絵の詩的な表現に、和先生が感心したように頷いた。

素敵な表現ですね、茉里絵さん

おにいたんったら、マリちゃんばっかり褒めて〜
ユリシアが拗ねたように言う。そして、負けじと一生懸命考え始めた。

えっと、えっと…あ!私も言える!花火はね、お空でパチパチってはじけるキャンディーみたい!
満面の笑みで言い切るユリシアに、一瞬の沈黙が流れた。

それから、それから!湖に映った花火は、お水の中でもキラキラしてて…まるで、えーっと…お風呂に入れるバスボムみたい!
得意げに胸を張るユリシアに、雫がくすりと笑った。

ユリシア、それ全然詩的じゃないわよ

えー!?でも、キャンディーもバスボムも綺麗じゃない!
むくれるユリシアの姿に、皆が温かい笑みを浮かべる。和先生も優しく微笑んだ。

ユリの表現も素直でいいと思うよ。キャンディーみたいって、確かにカラフルで可愛い表現だね

本当?やった〜!✨
単純に喜ぶユリシアに、皆が微笑ましく笑った。
連続して打ち上がる花火の中、雫が柚羽に囁いた。

ね、楽しい?

はい!凄く楽しいです!!皆さんがお菓子や飲み物を分けてくださったり、こうして一緒に見てくださって…本当に嬉しいです。特に雫先輩は、ずっと隣で気にかけてくださって…

何よそれ。私は何もしてないわよ
照れ隠しのように顔を背ける雫だったが、その横顔は優しかった。
第5章:クライマックスの夜空
フィナーレが近づき、花火の勢いが増していく。

もうすぐ終わっちゃうのね
ユリシアが寂しそうに呟く。

また来年も来ればいいじゃない
雫がさらりと言った。

そうですわね。来年は、もっと大勢で来られるといいですわ
茉里絵も同意する。

私も…また皆さんと一緒に来たいです
柚羽の言葉に、雫が優しく頭を撫でた。

当然でしょ。あんたも、もう仲間なんだから
後ろで見守っていた和先生と渚先生は、温かい眼差しで生徒たちを見つめていた。

いい関係性ができてきましたね
渚先生が小声で和先生に話しかける。

ええ、本当に。雫も後輩の面倒をよく見てくれて

和先生と二人で子供たちを見守る…ああ、まるで……。も、もう妄想が止まらない!
グランドフィナーレが始まり、空一面に大輪の花が咲き乱れる。

すごい!

綺麗…

素晴らしいですわ

最高!
生徒たちの歓声が上がる中、ユリシアが振り返った。

おにいたん、来年も絶対来ようね!💖

ああ、もちろんだよ
和先生の優しい返事に、ユリシアは満面の笑みを浮かべた。
エピローグ:帰路にて
帰りの車内は、行きとは違う和やかな雰囲気に包まれていた。

柚羽、眠い?
雫が隣で眠そうにしている後輩を気遣う。

少し…でも、楽しかったです

寝ていいわよ。着いたら起こしてあげるから
雫の肩に頭を預ける柚羽を、ユリシアと茉里絵が微笑ましく見守る。

雫ちゃん、すっかりお姉さんね

うるさいわよ
照れる雫に、皆が静かに笑った。
助手席の渚先生は、和先生との帰り道を満喫していた。

帰りも和先生の隣…今日は最高の一日だった…
しばらく走ると、渚先生の頭が少しずつ傾き始めた。一日の疲れと、和先生の隣という安心感から、ついウトウトしてしまったのだ。
和先生は信号待ちの時に、渚先生が手に持ったままのペットボトルが今にも落ちそうなことに気づいた。そっと手を伸ばし、ペットボトルを受け取ってカップホルダーに置く。

お疲れ様…
小声で呟きながら、和先生は渚先生の頭を軽く撫でた。

!!!今、今、和先生が私の頭を…撫でて…!?きゃああああ!!💕💕💕起きちゃダメ起きちゃダメ!このまま寝たふりして、もっと撫でてもらいたい…!和先生の手、大きくて温かくて…はわわわ…!もう天国!いや、天国を超えて宇宙!銀河系の彼方まで飛んでいきそう…!✨『お疲れ様』って…その優しい声…録音したい!いや、脳内に永久保存!💖あぁ、和先生…私、もうメロメロです…!このまま時間が止まればいいのに…!
渚先生は必死に寝たふりを続けながら、顔が真っ赤になるのを隠そうと、窓の方に少し顔を向けた。
後ろの席から、その様子を見ていたユリシアは、少し拗ねたような表情を浮かべたが、渚先生の幸せそうな寝顔(のふり)を見て、そっと微笑んだ。

渚先生、今日はありがとうございました。先生がいてくれたおかげで、安心して生徒たちを連れて来られました

い、いえ!私の方こそ、素敵な思い出ができました
学校に到着し、それぞれが帰路につく時、柚羽は皆に深々と頭を下げた。

今日は本当にありがとうございました。私、皆さんと仲良くなれて嬉しいです

何言ってるの。これからもよろしくね、柚羽ちゃん
ユリシアが優しく言い、皆も頷いた。
夏の夜空に花火の余韻を残しながら、新しい絆で結ばれた6人は、それぞれの想いを胸に家路についた。
来年の夏も、きっとまた—。
~ Fin ~