11月1日(土曜日)午前7時。
私、立野雫は、実家のアパートの布団の中で、目を覚ました。
隣では、妹の美咲が、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
(…あー…朝だ…)
私は、ぼんやりとした頭で、天井を見つめていた。
そして、次の瞬間。
(…!!!)
昨日の夜のことが、フラッシュバックのように蘇ってきた。
「私、先生のこと、尊敬してる」
「これからも、先生から、色々学ばせてください」
(…あああああああああっ!!!)
私は、布団をかぶって、身悶えした。
(なんで、あんなこと、みんなの前で言っちゃったんだろぉぉぉぉ!!!)
みんなの驚いた顔。
ユリシアの「雫ちゃん、顔真っ赤だよ~?」っていう意地悪な笑顔。
茉里絵の「あら…雫さん、素直になりましたわね」っていうクスクス笑い。
そして、和先生の「雫、ありがとう。嬉しいよ」っていう優しい言葉。
(…もう、無理…!恥ずかしすぎる…!)
私は、布団の中で、顔を真っ赤にして、ジタバタしていた。
でも、一人で悶々としていても、どうにもならない。
(…そうだ。美咲に相談しよう)
私は、隣で眠っている妹を見た。
美咲は、11歳。小学5年生。
でも、妙に大人びていて、私より冷静なことも多い。
(美咲なら、何かアドバイスくれるかも…)
私は、意を決して、美咲を揺り起こした。
「美咲…起きて…」
「ん…?お姉ちゃん…?まだ…早い…よぉ…」
美咲は、眠そうに目をこすりながら、私を見た。
「ごめん、美咲。ちょっと、相談があって…」
「相談…?」
美咲は、まだ半分寝ぼけた顔で、私を見つめている。
「あのね…昨日、先生の家に行ったじゃん?」
「うん…おじちゃん…和先生の家…」
美咲は、和先生のことを「おじちゃん」と呼んでいる。
二人は、アニメ「鋼鉄天使ミカ」を通じて仲良くなった。
「それでね…その…」
私は、顔を真っ赤にしながら、昨日のことを話し始めた。
「私、みんなの前で、先生に、その…『尊敬してる』って言っちゃったの…」
「…へぇ」
美咲は、まだ眠そうだ。
「それで、『これからも色々学ばせてください』とか、そういうこと言っちゃって…」
「ふーん…」
美咲は、あくびをしながら、私の話を聞いている。
「それで、みんなにビックリされて、茉里絵にはクスクス笑われて、ユリシアには『顔真っ赤だよ~?』って言われて…」
「…うん」
「で、でも、先生が『雫、ありがとう。嬉しいよ』って言ってくれて…」
そこまで言った瞬間、美咲の目が、パチッと開いた。
「…え?」
美咲は、急に目を覚ましたように、私を見つめた。
「お姉ちゃん、今、何て言った?」
「え…?だから、先生が『嬉しいよ』って…」
「おじちゃんが、お姉ちゃんの告白に、『嬉しい』って言ったの!?」
「こ、告白じゃないから!尊敬してるって言っただけだから!」
私は、慌てて否定する。
でも、美咲は、もう完全に目が覚めた様子で、ニヤニヤしながら私を見ている。
「お姉ちゃん、良かったじゃん♡♡」
「な、何が良かったのよ!恥ずかしくて、もう学校行けないわよ!」
「なんで困ってるの??」
美咲は、不思議そうに首を傾げた。
「だって、みんなの前で、あんなこと言っちゃって…」
「でも、おじちゃん、『嬉しい』って言ってくれたんでしょ?」
「そ、それは…そうだけど…」
「じゃあ、良かったじゃん!」
美咲は、満面の笑みで、私の肩をポンポンと叩いた。
「お姉ちゃん、おじちゃん、すっごく鈍感だよ?」
「え…?」
「だって、いつも優しいけど、誰に対しても平等だし、恋愛のこととか全然分かってないもん」
「…それは、そうかもしれないけど…」
「だから、お姉ちゃんからどんどん攻めてかないと、一生気づかれないと思うよ」
美咲は、11歳とは思えない、大人顔負けのアドバイスをする。
「せ、攻めるって…!?」
「だって、お姉ちゃん、おじちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「す、好きって…!そ、そんなんじゃ…!」
私は、顔を真っ赤にして、否定しようとする。
でも、美咲は、ジッと私を見つめて、言った。
「お姉ちゃん、嘘つくの下手だよ」
「…!」
「お姉ちゃんが、おじちゃんの話するとき、すっごく嬉しそうな顔するもん」
「そ、そんなことない…」
「それに、『簿記1級取りたい』って言い出したのも、おじちゃんみたいになりたいからでしょ?」
「…!」
美咲の言葉に、私は何も言い返せなくなった。
「お姉ちゃん、昨日、勇気出して、ちゃんと気持ち伝えたんだよ。それ、すごいことだよ」
「でも…恥ずかしくて…」
「恥ずかしくてもいいじゃん。お姉ちゃんの気持ち、おじちゃんに届いたんだから」
美咲は、優しく微笑んだ。
「それに、おじちゃん、『嬉しい』って言ってくれたんでしょ?」
「…うん」
「じゃあ、次は、もっと頑張って、お姉ちゃんの気持ち、もっと伝えなきゃ」
「も、もっとって…どうやって…」
「んー、例えば、おじちゃんに、お弁当作ってあげるとか?」
「お、お弁当!?」
「うん!お姉ちゃん、料理上手だし、きっとおじちゃん、喜ぶよ♡」
「で、でも…先生に、お弁当なんて…」
「大丈夫だよ。『いつもお世話になってるので』って言えば、自然じゃん」
美咲は、にっこりと笑う。
「それに、お姉ちゃん、私のために、毎朝お弁当作ってくれてたじゃん。それを、おじちゃんにも作ってあげればいいだけだよ」
「…そうだけど…」
「あ、それとね」
美咲は、何かを思い出したように、続けた。
「この前、おじちゃんと一緒にアニメ見たとき、『雫は頑張り屋さんだ』って言ってたよ」
「え…?」
「『雫は、家のことも、アイドルのことも、勉強のことも、全部頑張ってて、すごいなぁ』って」
「せ、先生が…そんなこと…?」
「うん。それでね、『俺も、もっと雫の力になってあげたいんだ』って言ってた」
「…!」
私の胸が、キュッと締め付けられた。
(先生…そんなこと、思っててくれたんだ…)
「だから、お姉ちゃん、自信持って。おじちゃん、ちゃんとお姉ちゃんのこと、見ててくれてるよ」
美咲は、私の手を握って、優しく言った。
「お姉ちゃん、いつも私のために頑張ってくれてるじゃん。今度は、お姉ちゃんが、自分のために頑張る番だよ」
「美咲…」
私は、涙が出そうになった。
「お姉ちゃん、おじちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「…うん」
私は、ついに、素直に認めた。
「好き。……すごく、好き」
「じゃあ、頑張ろう!私も応援するから♡」
美咲は、満面の笑みで、私を抱きしめてくれた。
「ありがと♡、美咲…」
「えへへ♡ お姉ちゃん、頑張ってね!」
その時、布団の中で、私たちは、しばらく抱き合っていた。
(…よし。私、頑張る)
私は、心の中で、決意を新たにした。
(先生のために、1級、絶対に取る)
(そして、いつか、先生の隣に立てるようになる)
(今は、まだ、生徒と教師だけど…)
(いつか、きっと…)
私の頬が、少し赤くなった。
「お姉ちゃん、顔赤いよ?」
「う、うるさいわね!」
私は、美咲の頭をグリグリと撫でた。
「いたたたた!お姉ちゃん、やめてよぉ~!」
美咲は、笑いながら、私から逃げようとする。
二人で、布団の中で、じゃれ合った。
そんな、いつもの、幸せな朝。
でも、今日の朝は、少しだけ特別だった。
(私、頑張る。先生のために。そして、美咲のために)
窓の外から、朝日が差し込んできた。
新しい一日の始まり。
そして、私の、新しい挑戦の始まり。
「お姉ちゃん、朝ごはん作ろう!」
「うん!今日は、美咲の好きなオムレツ作ってあげる!」
「やったぁ~♡」
私たちは、布団から飛び出して、キッチンに向かった。
いつもの、姉妹の朝。
でも、私の心の中には、新しい決意が芽生えていた。
(先生、待っててね。私、もっともっと頑張るから)
そして、私の恋は、また一歩、前に進んだ。
【後日談】
その日の夕方、美咲は、和先生に電話をかけた。
「もしもし、おじちゃん?」
『おお、美咲ちゃん。どうしたの?』
「あのね、おじちゃん。お姉ちゃんがね、すっごく頑張ってるの」
『そうなんだ。雫は、いつも頑張ってるよね』
「うん!だから、おじちゃんも、お姉ちゃんのこと、ちゃんと見ててあげてね」
『ああ、もちろん。雫のこと、いつも見てるよ』
「えへへ♡ ありがとう、おじちゃん!」
美咲は、満足そうに、電話を切った。
(お姉ちゃん、頑張ってね。私も、応援してるから)
美咲は、窓の外を見ながら、姉のことを想った。
姉妹の絆は、これからも、ずっと続いていく。


