秘密の告白
夕暮れの職員室に、残業をする教師たちのキーボードを打つ音が静かに響いていた。窓から差し込む茜色の光が、整然と並んだ机の上を優しく照らしている。
雫は職員室のドアの前で、何度目かの深いため息をつく。いつもなら迷いなく入っていける場所なのに、今日は何故か足が震えて仕方がない。胸の中で練習した言葉を、もう一度心の中で反芻する。
「よし…」
小さく自分を励まし、ドアを開ける。
中を見渡すと、和先生は最後列の机で書類と向き合っていた。眼鏡の奥の真剣な眼差しは、いつもの穏やかな表情とは違う、仕事に没頭する大人の顔。普段から見慣れているはずなのに、今日は何故かそんな些細なことにまで心臓が高鳴る。
「あの…ちょっといいかしら」
自分でも驚くほど小さな声が漏れる。
「おや、雫か」和先生は優しく微笑んだ。「どうしたんだい?」
「べ、別に大したことじゃないんだけど…」
言いかけて、また言葉が詰まる。普段は強気な態度で接しているのに、今日の自分は何なのだろう。そんな自己嫌悪も加わって、余計に上手く言葉が出てこない。
「ゆっくりでいいよ」
和先生は書類から視線を外し、椅子の向きを変えて雫の方を向いた。
その優しさに、逆に胸が熱くなる。
(こんな風に、いつも私のことを見守ってくれて…)
「あのね…」深く息を吸って、雫は続けた。「来週の土曜、ちょっとした…その…歌手デビューみたいなことするの」
「へぇ、それは素晴らしいじゃないか」
和先生の声には、心からの喜びが滲んでいた。
その反応に、雫は慌てて付け加える。
「で、でも!絶対に見に来ないでよね!?」
声が予想以上に大きくなってしまい、近くにいた他の教師が振り向く。顔が熱くなるのを感じながら、雫は声を落とした。
「こんな小さなライブハウスでの、しょぼいデビューなんて、あんたに見られたくないんだから!」
和先生は一瞬考え込むような表情を見せた。生徒の大切な瞬間を見守りたい気持ちと、雫の願いの間で揺れる。そして、彼女がどれだけ家族のために頑張ってきたかを思い出しながら、ゆっくりと口を開く。
「そうだね…」少し間を置いて、「行かないことにするよ」
その曖昧とも取れる答え方に、雫は不安と期待が入り混じった複雑な表情を浮かべる。
「ホ、ホントに?約束よ?」
確認するような声に、自分でも気づかない期待が混じっている。
「ああ…約束だ」
和先生は静かに、しかし何か深い思いを秘めたような笑顔を向けた。
「じゃ、じゃあ…」
そそくさと職員室を出る雫の背中を、和先生は静かに見送った。
廊下に出た雫は、壁に寄りかかりながら両手で頬を覆う。
「バカみたい…私」
でも、その声には不思議な高揚感が混じっていた。
朝日の誓い
土曜日の朝。
雫のアパートに、早朝の光が差し込んでくる。カーテンの向こうに、新しい一日の始まりを告げる輝きが見える。
「…起きなきゃ」
目覚まし時計が鳴る前に、雫は目を覚ました。というより、緊張で一晩中ほとんど眠れなかった。
ベッドから起き上がり、おそるおそるカーテンを開ける。
まぶしい朝日が一気に部屋に流れ込んでくる。
「今日は特別な日…」
鏡の前で、昨夜何度も確認した衣装を改めてチェックする。純白のブラウスに紺色のコルセット、幾重にも重なったフリルスカート。首元と袖口には淡い青のリボンが添えられ、髪には同じ色合いの小さな帽子が可愛らしく乗っている。
「こんな可愛らしい衣装、普段なら絶対に着ないのに…」
ため息まじりにつぶやきながらも、フリルの揺れる様子を確認する雫。アイドルとしての第一歩を飾るにふさわしい、華やかで清楚な装いに、どこか特別な気持ちが込み上げてくる。
「お姉ちゃん、朝ごはんできたよ!」
台所から妹の声が響く。普段は雫が作る朝食だが、今日は特別に妹が早起きして用意してくれたのだ。
「ありがと…」
食卓に向かうと、限られた食材で精一杯工夫を凝らした朝食が並んでいた。トーストには少し控えめながら丁寧にバターが塗られ、目玉焼きは半熟の黄身が綺麗な山形を作っている。
雫は胸が熱くなるのを感じた。どれだけ家計が苦しくても、妹は決して愚痴一つこぼさない。それどころか、こうして姉の大切な日を喜んでくれている。
(そうよ…私には、守るべき人がいる)
フォークを握る手に、少し力が入る。
「ごちそうさま」
立ち上がろうとする雫を、妹が呼び止めた。
「お姉ちゃん、これ」
差し出されたのは、小さな御守り。
「昨日、神社で買ってきたの」
「こんなの…」
言葉を詰まらせる雫に、妹は嬉しそうに続けた。
「お姉ちゃんの歌、私にはもう届いてるよ。だから今日は、みんなにも届くように祈ってるね」
「うん…」
御守りを胸に抱きしめながら、雫は小さく頷いた。
涙が出そうになるのを必死でこらえる。今日は化粧が崩れちゃいけないから。
窓の外では、朝日がますます輝きを増していた。
楽屋のモノローグ
薄暗い楽屋で、雫は化粧直しの最中だった。古びた鏡に映る自分の姿が、妙に他人事のように感じられる。純白と紺色のフリルドレスは、この薄暗い楽屋の中でひときわ映える。
「こんなフリフリした衣装で、あいつに見られでもしたら…」
頬を赤らめながら、スカートのフリルを整える手が少し震える。
「もう…あのおっさん、本当に来なかったわね…」
つぶやきながら、アイラインを整える手が少し震える。
物音に驚いて振り返ると、隣のブースで別のアーティストが準備をしていただけだった。ホッとため息をつきながら、雫は鏡に向き直る。
「約束通りじゃない…バカ…」
自分で言った言葉なのに、胸の奥が妙に切なくなる。
外からは、徐々に盛り上がっていく観客の声が漏れ聞こえてくる。数十人とはいえ、これが自分の歌手としての第一歩。緊張で手が震えるのを、化粧道具を強く握りしめることで必死に抑える。
「私、何のために歌うんだろう…」
鏡に向かって呟きながら、雫は胸元の御守りに手を当てた。
妹の笑顔が浮かぶ。そして…いつも温かく見守ってくれる和先生の顔も。
「来ないって約束したのに…どうして、来てほしいなんて思っちゃうのかな…」
化粧台の上には、これまで書き溜めてきた歌詞ノートが置かれている。ページをめくると、今日歌う曲の歌詞が目に入る。何度も書き直した跡が、紙を少し歪ませている。
(この歌詞…誰に向けて書いたんだろう)
答えは分かっているのに、自分で認めるのが怖くて。
「あと10分です」
スタッフの声に、雫は慌てて立ち上がる。
最後にもう一度、全身を鏡で確認する。
「よし…」
深く息を吸って、背筋を伸ばす。
震える指で御守りを強く握りしめながら、雫は楽屋を出た。
Special Stage
ライブハウスの照明が落ち、観客の小さなざわめきが響く。
一筋のスポットライトが、まだ何もないステージを照らし出す。
後方の壁際で、和先生は静かに佇んでいた。約束は破ることになってしまったが、どうしても見守りたかった。雫の新しい一歩を。
ステージに小柄な少女が立つ。純白と紺のフリルドレス姿は、普段の強気な雫からは想像もつかない可愛らしさだった。和先生は思わず目を見張る。いつもスカートをなびかせて廊下を駆け抜けていく生徒が、今は凛として輝いている。
(こんな一面もあったんだね…)
心の中でそっと呟きながら、和先生は温かな眼差しで見守った。普段は強がってばかりの生徒の、誰も知らない特別な瞬間。
「こ、こんばんは…立野雫です」
緊張で震える声。でも、その姿は不思議と凛として見えた。
イントロが流れ始める。
雫の歌声が、小さなライブハウスに響き渡る。

🎵Special Stage 輝くの
恥ずかしがってる場合じゃない
この舞台で 見せたいの
隠してた私の 本当の姿を
ねぇ…見つめていて🎵
最初は震えていた声が、徐々に力強さを増していく。
和先生は、その変化に目を細めていた。
(雫…君は、こんなにも…)
歌詞の中には、誰にも言えない過去の痛みや、それでも前を向こうとする強さが込められていた。そして、ある人への伝えられない想いも。
🎵「べ、別にあんたのために
やってるんじゃないんだからね!」
でも…見てくれてると 嬉しいな…🎵
この部分を歌うとき、雫の目が一瞬、後方を捉えた。
スポットライトの強い光の中でも、確かに和先生の存在を感じ取っていた。
(見てくれてる…来てくれたんだ…)
胸が熱くなる感情を、雫は歌声に乗せた。
新しい私
ラストの歌詞が、ライブハウスに響き渡る。
🎵Special Stage 輝くわ
もう迷わない 決めたんだもの
この舞台は 私だけの
特別な場所で いられるから
さぁ…見ていてね!🎵
歌い終えた瞬間、会場から大きな拍手が沸き起こる。
照明が明るくなる中、雫はステージの上で小さくつぶやいた。
「や、やっぱり…見てくれてた…」
その言葉が、不思議と和先生の耳にまで届いたような気がした。
ステージを降りた雫は、楽屋に戻る前に後方の出口を見た。
でも、和先生の姿はもう見えない。
(帰っちゃったのかな…)
少し寂しい気持ちになりながら、雫は楽屋に向かった。
化粧台の鏡に映る自分は、来る前とは少し違って見えた。
より輝いているような、そんな気がする。
「私、変われたのかな…」
鏡に向かって呟きながら、雫は微笑んだ。
約束の行方
月曜日の朝。
いつもより早めに学校に来た雫は、昇降口で和先生を待っていた。
遠くに見覚えのある姿を見つけると、胸が高鳴る。
(落ち着いて…普段通りに…)
「あんた!約束破ったわね!」
声のトーンが予想以上に高くなってしまい、通りがかりの生徒たちが振り向く。
「ごめん」和先生は素直に謝った。「でも、行かないわけにはいかなかったんだ」
「う、うるさい!」
顔を真っ赤にして走り去る雫。
でも、その背中はどこか嬉しそうに見えた。
「でも…」和先生は小さく付け加えた。「衣装、とても似合っていたよ」
廊下の曲がり角まで来て、雫は立ち止まる。
振り返ることはできないけれど、背中で和先生の気配を感じていた。
小さな声で、でも和先生に届くように。
「あんた、次も…来ちゃダメだからね…?」
和先生は、その言葉の本当の意味を理解していた。
「ああ、次も必ず行かないよ」
そう答えながら、静かに微笑んだ。
これは、Special Stageで素直になれた少女の、新しい物語の始まり。
そして、約束を「破り続ける」教師と、それを「望み続ける」生徒の、優しい駆け引きの始まりでもあった―。
Shizuku Collection
音楽生成AI 「Suno AI」で作曲した雫のボーカル曲一覧です





