隣で咲く花(水無瀬渚)

水無瀬渚の視点渚先生の日記第2学年

夜空が割れるような音と共に、光の粒子が湖面に降り注ぐ。生徒たちのあげる歓声が、心地よいBGMのように遠くで響いていた。私の隣には、当たり前のように和先生が立っている。その気配を感じるだけで、心臓がトクン、と優しく音を立てた。

学生だった頃を、ふと思い出す。
病弱で、体育の授業も見学ばかりだった私にとって、いつも励ましの言葉をかけてくれる和先生は、眩しい太陽そのものだった。遠くからその背中を見つめるだけで精一杯だったあの頃の私が、今、こうして先生の隣で同じ花火を見上げている。まるで夢みたいだ、と何度も思う。

少し前に二人で行った、春のバラ園。
『渚らしい選択だ』と、はにかみながら言ってくれた彼の顔。おぼつかない足取りで歩く私の手を、そっと取ってくれた時の、大きくて不器さんな手のひらの温かさ。
「寂しい思いをさせてしまった」と、真っ直ぐに私を見てくれた、あの資料室での真剣な瞳。
一つ一つの記憶が、打ち上がる花火のように胸の内で鮮やかに蘇っては、私を温かい気持ちで満たしていく。

ふと、生徒たちの方へ目を向ける。
雫さんが、柚羽さんの着崩れを気遣って隣に寄り添っている。ユリシアさんや茉里絵さんも、楽しそうに笑い合っている。あの子たちの間に生まれた確かな絆。その中心には、いつもこの人がいる。
私は、生徒たちを見守る彼の横顔をそっと盗み見た。昔と何も変わらない、優しくて、少しだけ不器用な、私の大好きな人の顔。

(私が守りたい、と思った人)

病弱だった自分を変えたくて、必死に運動して、栄養学を学んで、教員になった。いつか、この人の隣に立てる強い自分になりたかったから。でも、気づけばいつもそうだ。私が彼を守りたいと願う以上に、私はこの人に守られ、支えられ、こんなにも満たされた気持ちをもらっている。

「……綺麗ですね」

ぽつりと呟いた声は、花火の音にかき消されたかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。夜空に咲き乱れる大輪の花も、湖面に映る幻想的な光も、もちろん綺麗だ。けれど、今、私が世界で一番美しいと感じているのは、この人の隣で見る、このありふれたようで奇跡みたいな時間の、ひとかけらだった。

グランドフィナーレの眩い光が、彼の横顔を鮮やかに照らし出す。
どうか、この時間が少しでも長く続きますように。そして来年も、その先も、あなたの隣で同じ花を見られますように。

私は団扇をそっと胸に抱きしめ、夜空に咲く最後の花に、静かな祈りを捧げた。