🌸『ユリシア日記』第2学年編 第2話:緊張と微笑みのオリエンテーション

第2学年

新入生オリエンテーション当日。春の日差しが柔らかく校舎を包み込み、校庭の八重桜はまだ美しく風に揺れていた。

その朝、準備室には和先生と4人の女子たちが集まっていた。

「今日はいよいよ本番か……」 和先生がネクタイを締めながら、ふっとため息をつく。「俺、こういうイベント、実は毎回ちょっと緊張するんだよな」

「えっ、おにいたん♡が!?」 ユリシアが驚きの声を上げ、すぐににっこりと笑う。「でも、大丈夫。私がついてるよっ!」

その言葉に、和先生はふっと笑ってユリシアの頭を優しく撫でた。

「ありがとう、ユリ」

続けて、雫にも視線を向ける。「雫、大丈夫か?きっと役に立てるよ」

「べ、別に気にしてないけど……ま、まあ、やるからにはビシッとやってみせるわよ」 顔を赤らめながらもそっぽを向く雫。

「わたくし、心を乱してはなりませんわ……」 茉里絵は自らに言い聞かせるように呟きながら扇子をパタンと閉じた。

渚先生は鏡越しに自分を見つめ、「今日は“水無瀬先生”ではなく“渚”として……ね」と小さく息を整えた。


模擬授業は講堂で行われた。和先生がスライドを映し出しながら、簿記の基本的な仕組みをわかりやすく語り始めると、会場の空気がすぐに変わった。

「お金の流れには、必ず“相手”が存在する。だから“借方”と“貸方”という考え方が生まれるんだ」

静かに、しかし明確な声。新入生たちはノートを取りながら食い入るように和先生を見つめていた。

――その視線に、ユリシアたちはじわりと胸を焦がされる。

(……みんな、すごく真剣におにいたんの話を聞いてる)

ユリシアは、自分でも驚くほど冷静に、チョークや配布資料の補助に徹していた。だが、その心の奥では奇妙な対抗心が芽生えていた。

(でも、私の“おにいたん♡”は、ただの先生じゃないの。誰よりも優しくて、あったかくて……)

「ここで少し、先輩たちからも体験談を聞いてみましょうか」 和先生がそう言って、ユリシアたちに目を向けた。

「はいっ!」 ユリシアが真っ先に手を挙げた。

「えっと、私は昨年、和先生に簿記を教えてもらってから、商業の世界にすごく興味を持つようになって…今では家計簿もつけてますっ!」

「家計簿?」 「えらーい!」

新入生たちが一斉にどよめく。その反応に、ユリシアは思わずにっこり。

「私は……その、勉強はあまり得意じゃないけど……」 雫が少し照れくさそうに話し出す。「でも、先生の授業は“わからない人の気持ち”を分かってくれるっていうか……気づいたら成績も少しずつ上がってて……」

それに続いて、茉里絵は「簿記の知識が、日常の振る舞いや判断力に役立っていると感じておりますわ」と語り、渚先生は「筋肉に例えると、簿記はインナーマッスルみたいなものです!」と説明し、新入生たちから思わず笑いが起こった。

会場の空気が柔らかくなったところで、和先生が締めの言葉を述べた。

「勉強は一人では難しいけれど、誰かと一緒なら頑張れる。今日、ここにいる4人のように、信頼できる仲間がいることが大きな力になる。皆さんも、そんな出会いを大切にしてくださいね」

その言葉に、ユリシアたちは思わず目を見合わせ、にっこりと微笑み合った。


模擬授業のあと、廊下で数人の新入生がユリシアたちに駆け寄ってきた。

「先輩たち、すごく素敵でした!」 「私も商業科、志望しようかなって思いました!」 「和先生って、本当にすごい先生なんですね……!」

「ふふん、今さら気づいたの?」雫が小さく笑う。「でも、簡単には渡さないんだから」

「うふふ、“おにいたん♡”の素敵さは、ずっと前から知ってましたから♪」 ユリシアが胸を張って微笑むと、茉里絵もにこやかに頷いた。

「皆さまにとって、今日が良き学びの一歩になりますように」


夕方、準備室に戻った4人に、和先生が声をかける。

「今日の授業、本当にありがとう。君たちがいてくれて、本当に助かった」

その真っすぐな感謝の言葉に、4人は一瞬息を飲んだ。

「今日の君たちは、まさに“輝いて”いたよ」

ユリシアが頬を赤らめながら笑う。「えへへ……そう言ってもらえると、頑張ったかいがあったよぉ……」

「ふ、ふん、当然よ。あたしだって、やるときはやるんだから」 雫も視線をそらしながらも、口元は緩んでいた。

「恐縮ですわ。これからも淑女の務め、果たしてまいりますわ」 茉里絵がしっかりと頭を下げる。

その様子を見ていた渚先生は、少しだけ躊躇いながら、意を決したように一歩前へ出た。

「……あの、私……今日、“渚”として、ちゃんとお役に立てましたでしょうか?」

それは、ただの仕事仲間としてではない、かつての教え子としての純粋な思いだった。

和先生はふっと優しく微笑み、まっすぐ渚先生を見つめた。

「もちろんだよ。すごく自然だった。渚でいてくれて、ありがとう」

その言葉に、渚先生は驚いたように目を見開き、そして胸にじんわりと温かさを広げながら、静かに微笑んだ。

そうして春の一日は、やわらかな夕陽の中、静かに幕を下ろした。