🌸『ユリシア日記』第2学年編 第4話:揺れる姉心、まっすぐな眼差し

第2学年

ある春の放課後――。

「じゃあ、今日はユリシアさんと如月さん、教室の掃除当番お願いね」

クラスメイトの声を背に、モップを手にしたユリシアは、ふっと小さく息を吐いた。

(まさか、よりによってこのタイミングで柚羽さんと二人きりになるなんて……)

静まり返った教室で、窓から差し込む柔らかな日差しが、磨かれた床にきらきらと反射している。

カタン。

モップを滑らせる音だけが、教室に響いていた。

「えっと……ユリシア先輩?」

「……なあに?」

思ったより強く出てしまった声に、自分でも驚く。

すぐに「しまった」と思いながら、ユリシアは慌てて笑顔を作った。

「その、先日の模擬授業……本当に素敵でした。ユリシア先輩の話、すごく心に残って……」

「あ、うん……ありがとう」

(悪い子じゃないのよね、柚羽さん。でも……)

目の前の柚羽は、穏やかで、礼儀正しくて、そして――眩しかった。

「……ユリシア先輩って、先生のこと、ずっと前からご存知なんですよね?」

その言葉に、ユリシアの手がぴたりと止まった。

「うん、ちっちゃい頃から。おにいたんは、私にとって――」

その先の言葉を紡ぐとき、声には自然と熱が宿っていた。

「……誰にも譲れない人、なんだ」

柚羽は驚いたように目を見開いたが、すぐにふんわりと微笑んだ。

「……素敵です。そうやって、真っ直ぐ誰かを想えるのって。羨ましいです」

(この子は……)

ユリシアは、まっすぐに想いを伝えてくる柚羽に、どこか心を揺さぶられるのを感じていた。

「でも……私、先生のこと、すごく尊敬してるから」

「……え?」

「だから、ライバルにしてもらえるように、もっともっと頑張りたいんです。今の私じゃ全然、足りないから」

その言葉に、ユリシアはなぜか胸がきゅっと締めつけられた。

(ライバル……なんだ)

柚羽はそう言って、再び床を黙々と拭き始める。

(私は、いつの間にか“上級生”という立場に安心してたのかもしれない)

ユリシアは、静かに息を吐きながら、窓の外に視線を向けた。夕焼けの空に桜の花びらが舞っている。

――きれいな春の日。でも、心の中は少しだけざわついていた。


その夜。

ユリシアは自室の机に向かい、そっと日記を開いた。

(おにいたんに近づく誰かに、こんなに動揺するなんて……)

けれど同時に、胸の奥では不思議な感情も芽生えていた。

(……でも、嫌いになれない。むしろ――)

ペンを走らせながら、彼女はこう綴った。

『如月柚羽さん。わたし、ちゃんと向き合わなくちゃ。
きっと、この春は“勝手に独り占めできる”季節じゃない』

窓の外では、夜風に揺れる八重桜が静かに見守っていた。
まるで、少女の決意を祝福するように。