🌸『ユリシア日記』第2学年編 第5話:火花と共鳴、ふたりの距離

第2学年

それは、月曜日の特別課題授業の前日――。

「明日のグループワークね、雫ちゃんは如月さんとペアになってもらえる?」

担任の渚先生の言葉に、雫は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。渚先生が自分を「ちゃん」付けで呼ぶのは、たぶん初めてだ。いつもは“立野さん”と、どこか線を引くような距離感だったのに……。

(……なんか、変な感じ。でも、ちょっとだけ嬉しいかも)

「え……私が一年と?」

「柚羽さんは、きちんと話も聞けるし、気配りもできる子よ? 雫ちゃんなら相性、悪くないと思うけれど」

「……別に、ダメとは言ってませんけど」

(気配りできるって……ふーん。新入生なのに妙に評価高いのね)

翌日。

図書室の隅、静かな空間に雫と柚羽の二人が並んで座っていた。

「よろしくお願いします、立野先輩」

「……別に、先輩って呼ばなくていいけど」

「でも、雫さんってお呼びするのも……少し緊張しちゃって」

(うっ……その控えめな感じ、なんかずるい)

「ま、まぁ、どっちでもいいけど……」

課題は「架空のカフェを開業するための収支計画を立てる」こと。 柚羽がノートを開きながら静かに提案する。

「まず、家賃と人件費を固定費にして、それから原材料費を変動費で分けましょうか」

「……会計の考え方、ちゃんと分かってるじゃない」

「和先生の授業、とてもわかりやすくて……それに、雫さんの体験談も、すごく参考になったんです」

「……へえ」

雫は気づかれないように頬を膨らませながら、ペンを走らせる。

(……べつに、嬉しいとかじゃないし。和先生が誰にでも優しいって、知ってるし)

「それに……雫さんのように、自分の道をしっかり決めて努力してる姿、かっこいいと思います」

「なっ……!?」

思わず声を上げかけ、柚羽の顔を見ると、その目はまっすぐだった。

(なにその目……変に媚びたりしない、真っ直ぐすぎて……ちょっと、ムカつく)

「……言っとくけど、あたしは別に、かっこいいとかじゃなくて。ただ、昔から、やると決めたらやるだけ」

「……はい。それが、素敵だと思いました」

「…………」

柚羽の素直さが、雫の心の壁に小さなひびを入れていく。

──放課後、提出を終えて教室を出たふたり。

「今日はありがとうございました。雫さんと組めて、よかったです」

「……ふん。ま、あんた、思ったよりやるじゃない」

「えっ?」

「だから……嫌いじゃない、ってこと。ちょっとだけ、ね」

柚羽は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔に、雫は思わずそっぽを向きながら呟く。

「……調子狂うんだから、まったく」