それは、月曜日の特別課題授業の前日――。
「明日のグループワークね、雫ちゃんは如月さんとペアになってもらえる?」
担任の渚先生の言葉に、雫は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。渚先生が自分を「ちゃん」付けで呼ぶのは、たぶん初めてだ。いつもは“立野さん”と、どこか線を引くような距離感だったのに……。
(……なんか、変な感じ。でも、ちょっとだけ嬉しいかも)
「え……私が一年と?」
「柚羽さんは、きちんと話も聞けるし、気配りもできる子よ? 雫ちゃんなら相性、悪くないと思うけれど」
「……別に、ダメとは言ってませんけど」
(気配りできるって……ふーん。新入生なのに妙に評価高いのね)
翌日。
図書室の隅、静かな空間に雫と柚羽の二人が並んで座っていた。
「よろしくお願いします、立野先輩」
「……別に、先輩って呼ばなくていいけど」
「でも、雫さんってお呼びするのも……少し緊張しちゃって」
(うっ……その控えめな感じ、なんかずるい)
「ま、まぁ、どっちでもいいけど……」
課題は「架空のカフェを開業するための収支計画を立てる」こと。 柚羽がノートを開きながら静かに提案する。
「まず、家賃と人件費を固定費にして、それから原材料費を変動費で分けましょうか」
「……会計の考え方、ちゃんと分かってるじゃない」
「和先生の授業、とてもわかりやすくて……それに、雫さんの体験談も、すごく参考になったんです」
「……へえ」
雫は気づかれないように頬を膨らませながら、ペンを走らせる。
(……べつに、嬉しいとかじゃないし。和先生が誰にでも優しいって、知ってるし)
「それに……雫さんのように、自分の道をしっかり決めて努力してる姿、かっこいいと思います」
「なっ……!?」
思わず声を上げかけ、柚羽の顔を見ると、その目はまっすぐだった。
(なにその目……変に媚びたりしない、真っ直ぐすぎて……ちょっと、ムカつく)
「……言っとくけど、あたしは別に、かっこいいとかじゃなくて。ただ、昔から、やると決めたらやるだけ」
「……はい。それが、素敵だと思いました」
「…………」
柚羽の素直さが、雫の心の壁に小さなひびを入れていく。
──放課後、提出を終えて教室を出たふたり。
「今日はありがとうございました。雫さんと組めて、よかったです」
「……ふん。ま、あんた、思ったよりやるじゃない」
「えっ?」
「だから……嫌いじゃない、ってこと。ちょっとだけ、ね」
柚羽は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に、雫は思わずそっぽを向きながら呟く。
「……調子狂うんだから、まったく」