🌸『ユリシア日記』第2学年編 第7話:導く手、見上げるまなざし

第2学年

午後の職員室。

窓際のカウンターで、如月柚羽は渚先生の横に並び、書類の整理を手伝っていた。

「柚羽さん、ファイルはその棚の左から3番目にお願いね」

「はいっ、すぐに」

細やかな所作と落ち着いた口調。柚羽の動きには無駄がなく、渚先生も思わず目を細めた。

(本当に、この子は……)

「手伝ってくれてありがとう。正直、今日のこの事務処理、誰も来てくれなかったら泣きたかったわ」

「ふふ……そんな、先生がおっしゃるとちょっと想像できません」

「むむ、何か今ちょっと失礼なニュアンスがあった気がするんだけど?」

「えっ、い、いえ!そんなつもりは……」

「うそうそ。冗談よ」

そう言って笑う渚先生に、柚羽は自然と顔をほころばせた。

──片付けを終えたあと。

「ねえ、少しお散歩でもしない?」

校舎の中庭、春から初夏へと向かう風が二人の髪を優しく揺らしていた。

「……ねえ、柚羽さん」

「はい?」

「あなたは、すごく周りを見て行動できる子よね。空気も読めるし、配慮もできて、それでいて、自分の芯もしっかりある」

「……私、そんなふうに見えてますか?」

「ええ。私は教師として何人もの生徒を見てきたけれど、あなたのような子はなかなかいないわ」

柚羽は足元の小石をつま先でそっと蹴りながら、小さく呟いた。

「……でも、私、ずっと『良い子』でいるのに、疲れてしまうこともあるんです」

「……うん。分かるわ」

渚先生の返事は、それだけだった。でもその声は、驚くほどあたたかかった。

「無理に“良い子”でいなくていいのよ。たまには、誰かに甘えたっていいの。……私も昔は、ずっと背伸びばかりしてた」

「渚先生が、ですか……?」

「ふふ。信じられない?」

「……ちょっとだけ。でも……何だか、嬉しいです」

二人の足元に、小さな白い花が咲いていた。

「柚羽さん」

「はい」

「あなたが“私の生徒”でいてくれて、本当によかったと思ってるわ」

「……私も、先生が担任でよかったです」

そっと視線が交わる。

その一瞬に、柚羽の心に新しい光が灯った。

“この学院で、きっと私は、大切な何かを見つけられる”

そんな確信が、今は確かにあった。