午後の職員室。
窓際のカウンターで、如月柚羽は渚先生の横に並び、書類の整理を手伝っていた。
「柚羽さん、ファイルはその棚の左から3番目にお願いね」
「はいっ、すぐに」
細やかな所作と落ち着いた口調。柚羽の動きには無駄がなく、渚先生も思わず目を細めた。
(本当に、この子は……)
「手伝ってくれてありがとう。正直、今日のこの事務処理、誰も来てくれなかったら泣きたかったわ」
「ふふ……そんな、先生がおっしゃるとちょっと想像できません」
「むむ、何か今ちょっと失礼なニュアンスがあった気がするんだけど?」
「えっ、い、いえ!そんなつもりは……」
「うそうそ。冗談よ」
そう言って笑う渚先生に、柚羽は自然と顔をほころばせた。
──片付けを終えたあと。
「ねえ、少しお散歩でもしない?」
校舎の中庭、春から初夏へと向かう風が二人の髪を優しく揺らしていた。
「……ねえ、柚羽さん」
「はい?」
「あなたは、すごく周りを見て行動できる子よね。空気も読めるし、配慮もできて、それでいて、自分の芯もしっかりある」
「……私、そんなふうに見えてますか?」
「ええ。私は教師として何人もの生徒を見てきたけれど、あなたのような子はなかなかいないわ」
柚羽は足元の小石をつま先でそっと蹴りながら、小さく呟いた。
「……でも、私、ずっと『良い子』でいるのに、疲れてしまうこともあるんです」
「……うん。分かるわ」
渚先生の返事は、それだけだった。でもその声は、驚くほどあたたかかった。
「無理に“良い子”でいなくていいのよ。たまには、誰かに甘えたっていいの。……私も昔は、ずっと背伸びばかりしてた」
「渚先生が、ですか……?」
「ふふ。信じられない?」
「……ちょっとだけ。でも……何だか、嬉しいです」
二人の足元に、小さな白い花が咲いていた。
「柚羽さん」
「はい」
「あなたが“私の生徒”でいてくれて、本当によかったと思ってるわ」
「……私も、先生が担任でよかったです」
そっと視線が交わる。
その一瞬に、柚羽の心に新しい光が灯った。
“この学院で、きっと私は、大切な何かを見つけられる”
そんな確信が、今は確かにあった。