偶然の出会いから始まる新しい風(新制服採用エピソード)

第2学年

プロローグ – 書店での発見

11月上旬、秋の夕暮れ。帰宅途中の和先生は駅前の書店に立ち寄った。

最新の経済誌でも眺めようかと思っていたのだが、ふと目に留まったのは「Ribbon Diary(リボン・ダイアリー)」という若い女性向けのファッション誌だった。

そして、その表紙に——

「これは……雫!?」

和先生は思わず声を上げそうになった。

表紙を飾っているのは、見紛うことなく、雫だった。黒を基調としたメイド風の制服に身を包み、白いフリルとエプロン、胸元には青いリボンタイ。可愛らしいパフスリーブと、頭にはメイドキャップ。

金髪の雫が、少し照れたようなクールな表情で、カメラを見つめている。

「Ribbon Diary」という大きなロゴの下には、「Color Your Everyday(毎日を彩ろう)」という副題。そして、小さく「特集:話題の学園制服コレクション」と書かれていた。

手に取ってページをめくると、巻頭特集のタイトルが目に飛び込んできた。

『注目の新人グラドル・立野雫が着る! 話題の学園制服コレクション』

そこには、様々なデザインの制服を着た雫の写真が並んでいた。そして、表紙を飾っていたあのメイド風の制服が、特に大きく取り上げられていた。

黒を基調としたワンピース型で、白いフリルとエプロンがメイド要素を表現し、胸元には青いリボンタイが添えられている。袖は可愛らしいパフスリーブで、裾には控えめなレースがあしらわれている。メイドキャップも備わり、華美過ぎず、しかし確かに「メイド」の要素を感じさせる気品あるデザイン。

「……これ、チューエルに似合うんじゃないか?」

和先生は思わず呟いた。チューエル淑女養成学院は、もともと「淑女=給仕する者」という理念から、メイド服を制服としていた歴史がある。しかし近年は現代的なデザインに変わり、その伝統は薄れていた。

このデザインなら、伝統を尊重しつつ、現代の生徒たちも違和感なく着られるのではないか。

そして何より——

「雫が、こんな立派な仕事を……」

和先生は雑誌を見つめながら、微笑んだ。

ハロウィンの夜、大勢の前で「先生のこと、尊敬してる」と言ってくれた雫の真剣な表情が思い浮かぶ。美咲のために、自分のために、必死に頑張っている彼女の姿。

「俺に、何かできることはないだろうか」

和先生は雑誌を購入し、胸が高鳴るのを感じながら帰路についた。

第一章 – 翌日の職員室

翌朝、和先生は少し早めに出勤し、購入した雑誌を机の引き出しにしまった。

「和先生、おはようございます」

振り返ると、渚先生が穏やかな笑顔で立っていた。

「おはよう、渚先生。今日も早いね」

「ええ。和先生もですね」

渚先生は和先生の隣の席に座り、書類を広げ始めた。二人の間には、告白以降、以前とは違う特別な空気が流れていた。お互いの未来を共に歩むパートナーとして、自然と寄り添う距離感。

「あの、渚先生。実は昨日、面白いものを見つけてね」

和先生は引き出しから雑誌を取り出し、表紙を渚先生に見せた。

「これ……立野さん!表紙を飾っているじゃありませんか!」

渚先生は驚いた表情で雑誌の表紙を見つめた。

「そうなんだ。雫がグラビアの仕事をしているのは知っていたけど、雑誌の表紙だなんて」

「素敵な制服ですね……このメイドデザインのもの、パフスリーブと青いリボンが特に可愛らしいですわ」

「そう思うだろう? 実は、これをチューエルの新制服として提案できないかと思ってるんだ」

渚先生は少し考え込むような表情を浮かべてから、優しく微笑んだ。

「和先生らしい発想ですね。確かに、チューエルの伝統にも合いますし……何より、立野さんが関わっているというのが素敵です」

「渚先生もそう思うか」

「ええ。ただ……」

渚先生は少し心配そうに続けた。

「立野さん、ハロウィンの時、和先生に『尊敬してる』って言ってましたよね。あの子、和先生のことを……」

「ああ、あれは……」

和先生は少し困ったように頭をかいた。

「教師として尊敬してくれているんだと思う。雫は頑張り屋だからな。俺も、できる限り応援したいんだ」

渚先生は複雑な表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。

「そうですね。立野さん、きっと喜ばれると思いますよ」

(……でも、あの子の気持ち、和先生は本当に気づいていないのかしら)

渚先生は心の中で少しだけ不安を感じていた。

第二章 – 簿記の授業後

三時間目の簿記の授業が終わった。雫は最近、授業態度が以前よりさらに真剣になっていた。ノートを取る手つきも、質問する眼差しも、まるで一言も聞き逃すまいという気迫に満ちていた。

ハロウィン以降、雫は明らかに変わった。「おっさん」「アンタ」という呼び方はほとんど使わなくなり、「先生」と呼ぶようになった。

「雫、少しいいか?」

教室を出ようとする雫に、和先生が声をかけた。

「……はい」

雫は少し緊張した様子で振り返った。ハロウィン以来、和先生と二人きりで話すのは初めてだった。

「ちょっと話があるんだ。職員室まで来てくれないか」

「わ、分かりました」

(うわ、どうしよう。ハロウィンのこと、何か言われるのかな……)

雫の心臓はドキドキと激しく鳴っていた。

職員室の片隅、和先生の机の前。他の教師たちの視線を避けるように、二人は向かい合って立っていた。

和先生は引き出しから雑誌を取り出し、雫のページを開いた。

「これ、見たんだ」

その瞬間、雫の顔が真っ赤になった。

「な、な、何で……!?」

「書店で偶然見つけてね。すごいじゃないか、雫。雑誌の表紙を飾ってるなんて」

雫は視線を逸らし、顔を真っ赤にしたまま俯いた。

「……べ、別に、大した仕事じゃないし……グラビアの延長みたいなもんだし……」

「そんなことない」

和先生は穏やかに、でもはっきりと言った。

「この表紙の写真、すごくいいと思う。メイド風の制服を着た君。黒のワンピースに青いリボン、そしてメイドキャップ……とても品があって、君によく似合っている」

(せ、先生が……アタシの写真を……)

雫の心臓は、もう爆発しそうだった。

「……せ、先生……何が、言いたいんですか……」

以前なら「アンタ」と言っていたところを、雫は「先生」と呼んだ。ハロウィン以降、自然とそう呼ぶようになっていた。

「実はね、この制服をチューエルの新しい制服として提案したいと思っているんだ」

「え……!?」

雫は驚いて顔を上げた。

「チューエルはもともとメイド服を制服にしていた歴史がある。でも今の制服にはその要素がほとんど残っていない。このデザインなら、伝統を尊重しつつ、現代的でもある」

「それって……」

雫の声が震えた。

「アタシが……モデルやってる制服を、チューエルの制服に……?」

「そうだ。もちろん、君の許可が必要だし、学院側の承認も必要になる。でも、俺はこれがチューエルに相応しいと思っている」

雫は言葉を失った。

(先生が……アタシの仕事を、こんなに真剣に……)

ハロウィンの夜、美咲に誓ったことが蘇る。

『私、頑張る。先生のために。そして、美咲のために』

『先生の片腕になれるように。いつか、先生を支えられるようになりたい』

和先生は、そんな雫の頑張りを、ちゃんと見てくれていたのだ。

「……先生、バカじゃないの」

雫は顔を背けて、小さく呟いた。

「アタシなんかの……モデル写真なんかを……」

「『なんか』じゃない」

和先生は真剣な表情で言った。

「雫。ハロウィンの時、君は言ってくれたよね。俺のことを尊敬してるって」

「……っ!」

雫の顔が、さらに赤くなった。

「あ、あれは……その……」

「嬉しかったよ。君が、俺のことをそんな風に思ってくれていたなんて」

和先生は優しく続けた。

「だから、俺も君の頑張りを認めたい。応援したい。君の仕事が、チューエルという場所で形になるなら、それは素晴らしいことだと思うんだ」

雫の目に、涙が滲んだ。

(……ズルい)

心の中で叫ぶ。

(先生、そんなこと言うの、ズルすぎる……)

(もう、完全に好きになっちゃってるじゃない……)

「……勝手にすれば」

雫は震える声で言った。

「アタシは、別に……先生に認めてもらいたくて、やってるわけじゃ……」

でも、その言葉は嘘だった。本当は、和先生に認めてもらいたくて、和先生の隣に立ちたくて、必死で頑張っていた。

「そうか」

和先生は優しく笑った。

「でも、俺は君の頑張りを見ている。これからも、ずっと」

「……」

雫は何も言えなかった。ただ、顔を真っ赤にして、俯くことしかできなかった。

「雫、返事は焦らなくていいから。ゆっくり考えて」

「……はい」

雫は小さく答えた。

職員室を出た後、雫は廊下の壁に背中を預けて、深呼吸をした。

(……もう、ダメだ)

心の中で呟く。

(先生のこと、好きすぎて……どうにかなりそう)

(美咲、どうしよう……アタシ、どうすればいいの……)

第三章 – 茉里絵との相談

その日の放課後、雫は寮の自室で茉里絵に相談していた。

ベッドに座り込んで、顔を真っ赤にしながら、今日あったことを話す雫。

「……それで、先生が、アタシの写真見て、新制服にしたいって……」

茉里絵は優雅にティーカップを傾けながら、微笑んでいた。

「まあ、素敵ですわね。和先生、本当に雫さんのことを大切に思っていらっしゃるのね」

「だ、大切って……そんなんじゃ……」

「嘘はいけませんわよ、雫さん。お顔が真っ赤ですわ」

茉里絵はクスクスと笑う。

「それで、雫さんはどうなさるおつもりですの?」

「……分かんない」

雫は枕に顔を埋めた。

「先生に、協力するって言いたい。でも……恥ずかしくて……」

「雫さん、ハロウィンの時、あれだけ勇気を出して『尊敬してる』って言えたじゃありませんか」

「あ、あれは……勢いで……」

「勢いでも、素晴らしいことですわ。そして、和先生はちゃんと受け止めてくださった」

茉里絵は優しく続けた。

「今度は、もう一歩、前に進むチャンスではありませんの?」

「……でも」

雫は少し不安そうに呟いた。

「渚先生も、ユリシアもいるし……」

「そうですわね」

茉里絵は少し真剣な表情になった。

「でも、雫さん。あなたはあなたのやり方で、和先生を支えられますわ」

「……アタシの、やり方?」

「ええ。簿記1級を目指すって決めたじゃありませんか。和先生の『片腕』になるって」

「……うん」

「それが、雫さんらしい愛の形ですわ。無理に恋人になろうとしなくても、雫さんは雫さんのままで、和先生の力になれますの」

茉里絵の言葉に、雫は少しだけ心が軽くなった。

「……ありがと、茉里絵」

「どういたしまして。さあ、明日、和先生にお返事なさいませ」

「……うん。頑張る」

雫は、ゆっくりと顔を上げた。その目には、決意の光があった。

第四章 – 翌日の決意

翌日の朝、雫は珍しく早めに登校した。職員室の前で、和先生を待っていた。

「雫? どうした、こんな朝早くから」

和先生が驚いた表情で声をかけた。

「……先生に、お話があります」

雫はいつもより丁寧な口調で言った。

「職員室じゃなくて、どこか別の場所で……いいですか?」

「分かった。じゃあ、中庭に行こうか」

中庭のベンチに二人で座った。朝の空気は澄んでいて、まだ他の生徒たちの姿はなかった。

「それで、話って?」

和先生が優しく聞いた。

雫は深呼吸をしてから、顔を上げた。

「……昨日の話、先生が本気で言ってるなら」

「ああ、本気だ」

「じゃあ……アタシも、協力します」

雫は和先生の目を真っ直ぐに見た。

「アタシがモデルやってる制服を、チューエルの制服にするって話。アタシは、賛成です」

和先生の顔が、ぱっと明るくなった。

「雫……!」

「ただし」

雫は少し強い口調で続けた。

「先生が、ちゃんと責任取ってください。先生が言い出したことなんですから」

「もちろんだ」

和先生は力強く頷いた。

「責任を持って、学院側と交渉する。そして、この制服がチューエルに相応しいものだということを、必ず証明してみせる」

「……なら、いいです」

雫は少し顔を背けた。でもその横顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

「先生がそこまで言うなら……信じます」

「ありがとう、雫」

和先生の声は、いつもより温かかった。

雫は胸が高鳴るのを感じながら、もう一度、和先生を見た。

「……あの、先生」

「ん?」

「アタシ……簿記1級、絶対取ります」

突然の宣言に、和先生は少し驚いた表情を浮かべた。

「簿記1級……?」

「はい。先生みたいに、スペシャリストになりたいんです」

雫の目は、真剣だった。

「いつか、先生の……その、片腕みたいな存在になれたらって……」

「雫……」

和先生は、雫の真剣な表情に、心を打たれた。

「分かった。俺も、全力で君を応援する」

「……ありがとうございます」

雫は少し照れくさそうに、俯いた。

(……美咲、見てて)

心の中で呟く。

(アタシ、頑張るから)

(先生の隣に立てるように……)

第五章 – 生徒たちの代表として

その日の放課後、和先生はユリシアと茉里絵を呼び出した。

中庭のベンチで、三人は向かい合って座った。

「おにいたん、どうしたの? 改まって」

ユリシアが不思議そうに首を傾げた。

「実は、二人に協力してほしいことがあるんだ。学院全体に関わることだから、生徒たちの意見を代表して聞かせてほしい」

和先生は雑誌を取り出し、新制服の提案について説明した。

「わぁ、これ雫ちゃん! 表紙じゃない!」

ユリシアは目を輝かせた。

「雫ちゃん、雑誌の表紙を飾ってるんだ!すごい!」

茉里絵は雑誌を見ながら、優雅に微笑んだ。

「素敵なデザインですわね。雫さんにとてもお似合いですわ」

「それで、このデザインをチューエルの新制服として提案したいんだが……君たち生徒の立場から、どう思う?」

ユリシアは少し考えてから、笑顔で答えた。

「アタシは賛成! この制服、すっごく可愛いし、チューエルらしいもん!」

茉里絵も頷いた。

「私も賛成ですわ。チューエルの伝統を大切にしつつ、現代的でもある。そして何より……」

茉里絵は意味深に微笑んだ。

「雫さんが関わっていることが、とても意義深いと思いますわ」

「ありがとう、二人とも」

和先生はほっとした表情を浮かべた。

「それで、お願いがあるんだが……もし賛成してくれるなら、他の生徒たちにも意見を聞いてもらえないか? 制服は学院全体に関わることだから、できるだけ多くの生徒の声を集めたいんだ」

「もちろん!」

ユリシアが元気よく答えた。

「みんなにも聞いてみるね! きっと賛成してくれると思う」

「私も、クラスメイトや他学年の生徒たちに意見を募ってみますわ」

茉里絵も丁寧に頷いた。

「おにいたん、雫ちゃん、きっと喜ぶよね!」

「ああ、そうだといいな」

和先生が優しく笑うと、茉里絵がクスクスと笑った。

「和先生、雫さんはもう、お喜びになっていらっしゃいますわよ」

「え?」

「昨日、寮で伺いましたの。雫さん、とても嬉しそうでしたわ」

「そうか……」

和先生は少し照れくさそうに、頭をかいた。

数日後、ユリシアと茉里絵は、生徒たちから集めた賛同の声を、丁寧に書面にまとめて和先生に提出した。

「おにいたん、みんな賛成してくれたよ! 『可愛い』『チューエルらしい』って、すっごく評判良かったの!」

ユリシアが満面の笑みで報告する。

「生徒たちの意見として、学院長にもお渡しください」

茉里絵が、美しい文字で書かれた書類を差し出した。そこには、各学年の生徒たちからの賛同の声が、きちんと整理されていた。

「ありがとう、二人とも。本当に助かったよ」

和先生は感謝の気持ちを込めて、二人に頭を下げた。

第六章 – 後輩たちの反応

数日後の昼休み、雫は食堂で一人でランチを食べていた。

ユリシアと茉里絵が生徒たちに新制服の話を広めてから、学院内では雫の雑誌表紙の話題で持ちきりだった。

「雫先輩!」

振り返ると、1年生の如月柚羽が、トレイを持って駆け寄ってきた。

「柚羽。どうしたの?」

「あ、あの……隣、座ってもいいですか?」

「ああ、どうぞ」

雫が頷くと、柚羽は嬉しそうに隣に座った。

「あの、先輩……聞いたんです」

柚羽は少し興奮した様子で言った。

「先輩が、雑誌の表紙になったって! しかも、その制服が学院の新しい制服になるかもしれないって!」

「……誰から聞いたのよ」

雫は少し照れくさそうに、視線を逸らした。

「ユリシア先輩が、みんなに話してて……」

「あのバカ……」

雫は額に手を当てた。

「で、でも、すごいです! 雫先輩、雑誌の表紙だなんて!」

柚羽の目は、尊敬の色で輝いていた。

「……別に、大したことじゃないわよ」

「そんなことないです! 私、見たいです、その雑誌!」

「……まだ買ってないの?」

「え、ええっと……お小遣い、足りなくて……」

柚羽は恥ずかしそうに俯いた。

雫は少し考えてから、鞄から雑誌を取り出した。実は、自分でも一冊購入していたのだ。

「……これ、貸してあげる。でも、絶対に汚さないでよね」

「わぁ! ありがとうございます!」

柚羽は嬉しそうに雑誌を受け取り、表紙を見つめた。

「……雫先輩、すっごく綺麗です……」

「な、何言ってんのよ……」

雫は顔を真っ赤にして、俯いた。

「この制服、本当に可愛いです。私も着てみたいです!」

「……そう言ってもらえると、嬉しいわ」

雫は少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。

「先輩……」

柚羽は真剣な表情で雫を見つめた。

「私、先輩みたいになりたいです。簿記も、アイドルの仕事も、全部頑張ってる先輩を、ずっと尊敬してます」

「柚羽……」

「だから、この制服が学院の制服になったら……私、もっと頑張ります。先輩が関わった制服を着て、先輩みたいに、色んなことに挑戦したいです」

雫は一瞬、胸が熱くなった。でも、後輩の前で弱いところは見せられない。

「……な、何言ってんのよ」

雫は少し乱暴に、柚羽の頭をグリグリと撫でた。

「でも、まあ……そう言ってくれるなら、悪い気はしないわね」

「先輩……!」

「アンタなら、きっとできるわよ。簿記も、これから一緒に頑張りましょ」

「はい!」

柚羽は満面の笑みで頷いた。

その時、食堂の入り口から、一人の女子生徒が入ってきた。

姫宮綾香だった。

綾香は食堂を見渡し、雫たちの席を見つけると、真っ直ぐに歩いてきた。

「立野さん」

綾香は、いつもの冷静な口調で声をかけた。

「……姫宮。何か用?」

雫は少し警戒するように、綾香を見上げた。

ハロウィンの一件以来、綾香とはあまり話していなかった。

「立野さん。あなたの雑誌、見ました。論理的に評価できますね…」

「……は?」

雫は困惑した表情を浮かべた。

「Ribbon Diaryの表紙。デザインの配色比率、構図の黄金比…全てが計算されている。95点」

「……あのね、姫宮。そんな難しいこと、考えてデザインされてないと思うけど」

雫は少し呆れたように言った。

「それは問題ではない」

綾香は首を振った。

(結果的に優れているなら、それは評価に値する)

「残り5点は実用性データ不足のせい。…私も、試着してみたい…です…。」

綾香は少し視線を逸らしながら、小さく付け加えた。

「え?」

雫は驚いた表情で綾香を見た。

「……和先生が、このデザインを評価したのなら、それは論理的に正しい選択のはず」

(……だから、私も……)

「……姫宮」

雫は、綾香の本音が少し見えた気がした。

(この子も、和先生に認められたいんだ……)

「分かったわ。もし新制服が採用されたら、一緒に試着会、行きましょ」

「……本当に?」

綾香の目が、少しだけ輝いた。

「ええ。柚羽も一緒にね」

「わ、私もですか!?」

柚羽が嬉しそうに声を上げた。

「当たり前じゃない。みんなで一緒に、新しい制服、着てみましょ」

雫は、少し照れくさそうに、でも温かく笑った。

綾香は、小さく頷いた。

「……了解した。論理的に、それは良い提案」

でも、その表情は、いつもより少しだけ柔らかかった。

第七章 – 学院長への提案と決定

数日後、和先生は渚先生と共に学院長室を訪れた。

「和先生、渚先生、お二人揃ってどうされましたか?」

学院長は穏やかな笑顔で二人を迎えた。

「実は、新制服についての提案がありまして」

和先生は雑誌と、生徒たちから集めた賛同書、そして雫本人の承諾書を提出した。

学院長は興味深そうに資料を眺めた。

「ほう……これは立野さんですね。本校の生徒がモデルとして」

「はい。そして、このデザインがチューエルの伝統と現代性を両立していると考えております」

渚先生が補足した。

「チューエルはかつて、メイド服を制服としていた歴史があります。このデザインなら、その伝統を尊重しつつ、現代の生徒たちにも受け入れられると思います」

学院長は深く頷いた。

「確かに……。近年、制服のデザインが伝統から離れていることは、理事会でも議論になっていました。これは、素晴らしい提案ですね」

「ありがとうございます」

「立野さんご本人も賛同しているのですね?」

「はい。多くの生徒たちからも賛同を得ております。また、立野さんご本人も、自分の仕事が学院に貢献できることを喜んでいます」

学院長は優しく微笑んだ。

「分かりました。すぐに理事会に諮りましょう。おそらく、好意的に受け止められると思います」

「ありがとうございます!」

和先生と渚先生は、深く頭を下げた。

そして二週間後——

チューエル淑女養成学院の理事会で、新制服の採用が正式に決定した。

エピローグ – 新しい一歩

新制服採用決定の発表があった日の放課後。

雫は職員室の和先生の元を訪れた。

「……先生」

「雫。聞いたよ、新制服、正式に採用が決まったって」

「……はい」

雫は少し照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。

「先生が、本当にやり遂げてくれたんですね」

「雫が協力してくれたおかげだよ」

和先生は優しく笑った。

「これから、チューエルの生徒たちは、君が関わった制服を着ることになる。すごいことだと思わないか?」

雫は少し俯いてから、ゆっくりと顔を上げた。

「……先生、ありがとうございます」

「ん?」

「アタシの仕事を、こんな風に認めてくれて……」

雫の目には、涙が滲んでいた。

「アタシ、ずっと思ってたんです。アイドルの仕事も、モデルの仕事も、美咲のためって言い訳してたけど……本当は、自分が認められたかっただけなのかもって」

和先生は静かに雫の言葉を聞いていた。

「でも、先生が……ハロウィンの時も、今回も……アタシの頑張りを、ちゃんと見ててくれた」

「雫……」

「だから」

雫は涙を拭って、笑顔を見せた。

「アタシ、もっと頑張ります。簿記1級も絶対取ります。美咲のためにも、自分のためにも」

雫は少し間を置いてから、小さく付け加えた。

「……そして、先生のためにも」

「俺の、ため……?」

「は、はい……」

雫は顔を真っ赤にして、俯いた。

「せ、先生の片腕に……なれるように……頑張りたいんです」

和先生は、雫の真剣な表情に、心を打たれた。

「ありがとう、雫。君の気持ち、嬉しいよ」

和先生は優しく続けた。

「君の頑張りを、俺はこれからも見ている。そして、応援している」

「……はい」

雫は小さく頷いた。

二人の間に、温かい沈黙が流れた。

「あ、そうだ」

雫は何かを思い出したように、鞄から小さな箱を取り出した。

「これ……先生に」

「これは……?」

「お、お弁当です……」

雫は顔を真っ赤にして、俯いたまま言った。

「美咲が、『おじちゃんにもお弁当作ってあげたら?』って言ってて……その、いつもお世話になってるので……」

和先生は驚いた表情で、お弁当を受け取った。

「雫……ありがとう。大切にいただくよ」

「べ、別に、大したもんじゃないんで……」

雫は照れくさそうに、視線を逸らした。

でも、その横顔は、とても幸せそうだった。

職員室を出た後、雫は廊下を歩きながら、心の中で呟いた。

(先生……)

(アタシ、先生のこと、本当に好き)

(でも、まだ……ちゃんとは言えない)

(渚先生もいるし、ユリシアもいる)

(でも、いつか……)

(アタシが、先生の隣に立てるようになったら……)

(その時は……)

秋の風が、雫の金色の髪を優しく撫でた。

(あのメイドキャップ、私に似合ってるかな……)

ふと、雑誌の表紙を飾った自分の姿を思い出す。金髪にメイドキャップという組み合わせは、最初は少し恥ずかしかったけれど、撮影が終わってから見た写真は、思ったより悪くなかった。

新しい制服は、来年の春から導入されることになった。

それは、雫にとって、そしてチューエル淑女養成学院にとって、新しい風が吹き始める予兆だった。

そして、雫の恋も、また一歩、前に進んでいた。

【つづく】