第1章:秘密のデートの始まり
約束の土曜日の朝。ユリシアは、いつもより早く目を覚ました。窓から差し込む太陽の光が、まるで今日の特別な一日を祝福してくれているかのようだ。
キッチンに立つと、自然と鼻歌がこぼれる。昨日交わしたばかりの、甘い約束。花火大会の夜に感じた少しの寂しさは、もうどこにもなかった。あるのは、これから始まる特別な時間への期待だけ。
「おはよう、ユリシア。ずいぶんご機嫌だな」
リビングに入ってきた和先生が、優しく微笑む。
「うん!だって、今日は約束の日だもん!」
ユリシアは満面の笑みで振り返った。その手には、ハート形にくり抜かれた卵焼きが乗ったお皿がある。彼女は彼の隣にそっと寄り添い、甘い声で囁いた。「おにいたん♡、これ、私の愛情たっぷりだよ? 食べてみて♡」
和先生はその卵焼きを見て、少し照れくさそうに、でも嬉しそうに目を細めた。
「…そうだな。俺たちの、特別な約束だ」
その日の準備は、何もかもが特別だった。ユリシアは、クローゼットの一番奥から、とっておきのフリル付きの水着を取り出した。そして、もう一つのバッグには、彼を驚かせるための“秘密兵器”を忍ばせるのを忘れなかった。
車に乗り込み、いつもの入り江へと向かう道中、二人の間には心地よい沈黙と、弾むような会話が交互に流れた。それは、他の誰も知らない、二人だけの秘密を共有している高揚感に満ていた。ユリシアは時折、和先生の腕にそっと触れ、「おにいたん♡、楽しみだね♡」と甘く囁く。
第2章:潮騒と、秘密のファッションショー
二人が訪れたのは、いつもの隠れ家のような入り江だった。白い砂浜と、どこまでも青い海。週末にもかかわらず、ほとんど人影はない。
「わー!やっぱりここの海が一番きれい!」
ユリシアはフリルのついた水着に着替えると、子供のようにはしゃぎながら波打ち際を駆け回った。その無邪気な姿に、和先生は自然と頬が緩む。しかし、彼女が時折送ってくる、意味ありげな上目遣いには気づいていない。
「きゃー!水が気持ちいいー!」
ユリシアが振り返り、和先生に満面の笑みを向ける。太陽の光を浴びてキラキラと輝く水しぶきと、彼女の笑顔が重なり、和先生は思わず息を呑んだ。
(本当に、綺麗になったな…)
「おにいたん♡、何してるの?早くこっち来て!」
ユリシアの声に我に返り、彼もTシャツを脱いで海へと足を踏み入れた。
その日の午後は、まるで時間が止まったかのようだった。二人で砂の城を作り、沖まで競争し、疲れたらパラソルの下で手作りのお弁当を頬張る。ユリシアが焼いたハートの卵焼きを、和先生は少し照れくさそうに、でも美味しそうに食べた。
「おにいたん♡、あーん♡」
ユリシアはわざと舌足らずな、甘えた声で唐揚げを差し出した。潤んだ瞳でじっと見つめ、「えへへ、私、まだ子供みたいでしょ? でも、おにいたん♡のためなら、ずっとこうしててあげる」と、彼の耳元で囁く。
「こら、ユリ。もう子供じゃないんだから」
そう言いながらも、彼がそれを口に運ぶと、彼女は自分の唇をぺろりと舐めてから、悪戯っぽく微笑んだ。
昼食を終え、和先生がうとうとと微睡み始めた頃。ユリシアはそっと立ち上がると、悪戯っぽく微笑んだ。
(ふふっ、ここからが本番だよ、おにいたん♡)
彼女はこっそり持ってきたもう一つのバッグを開けた。中から出てきたのは、去年とは違う、少し大人びたデザインのビキニ。去年、雫ちゃんへの対抗心から始まったファッションショーだったが、今年は違う。ただ純粋に、大好きな人に、もっと色々な自分を見てほしい。婚約者として、もっと彼を夢中にさせたい。その一心だった。
「おにいたん♡、起きてー!」
その声に和先生が目を覚ますと、目の前には先ほどとは違う、少し大胆な水着姿のユリシアが、恥ずかしそうに立っていた。
「ど、どうかな…?ちょっと、大人っぽすぎ…るかな?」
上目遣いで尋ねる彼女の姿に、和先生の心臓が大きく跳ねる。教師としての理性が警鐘を鳴らすが、一人の男としての本能が、彼女から目を逸らすことを許さない。
(いかん…これは、あまりにも…)
「次はね…じゃーん!」
ユリシアはさらに、学院の制服であるセーラー服を水着の上から器用に重ね着してみせた。濡れた肌に張り付く白いブラウスが、彼女の無邪気さの中に、抗いがたい色香を添えている。
「ふふっ、どうかな?去年はセーラー服“風”の水着だったけど、今年は本物の制服を重ね着できるように、まりちゃんに手伝ってもらって工夫したんだよ!もっとバージョンアップしたでしょ?」
彼女はくるっと回ってみせると、わざとバランスを崩したふりをして、彼の腕の中に飛び込んできた。
「おにいたん♡、どうかな…?もっと、近くで見て?」
和先生の葛藤は、最高潮に達していた。
(このままで、本当にいいのだろうか。彼女の無邪気な好意に甘え、教師としての一線を越えようとしているのではないか…)
第3章:夕立と、心の距離
空がにわかにかき曇り、大粒の雨が降り始めたのは、そんな時だった。
「わっ、夕立!?」
「あそこの岩陰まで走るぞ!」
二人は手を取り合って、近くの大きな岩が作り出す天然の洞窟へと駆け込んだ。雨は一瞬にして激しさを増し、二人は狭い空間で肩を寄せ合う形になった。
雨音が、二人の間の沈黙を際立たせる。濡れた髪から滴る雫、少しだけ上気したユリシアの頬、そして、すぐ隣で感じる彼の体温。その全てが、ユリシアの心臓を高鳴らせた。
「おにいたん♡…」
ユリシアが、彼のシャツの袖をそっと掴み、甘く体を寄せる。「…こんなに近くて、ドキドキしちゃう」
「ん?」
「あのね…私、今日、すごく幸せ」
「…そうか」
「うん。だっておにいたん♡を独り占めできてるから」
彼女は無邪気に微笑みつつ、彼の胸にそっと頭を預けた。
「でも、みんなも、おにいたん♡のこと、大好きだもんね。私、少しだけ…不安になっちゃうな」
その真っ直ぐな言葉に、和先生は返す言葉を見失う。ユリシアは、彼の葛藤を見透かすように、続けた。
「春にね、みんなの気持ちを知って、私、少しだけ大人にならなきゃって思ったの。おにいたん♡は私だけのものじゃないんだって。でも…やっぱり、ヤキモチも焼いちゃう。今日みたいに、二人きりだと、すごく安心するの」
彼女は顔を上げ、潤んだ瞳で和先生を見つめた。
「おにいたん♡は…私と一緒にいて、幸せ?」
その問いは、彼の心の最も柔らかな部分を、優しく、しかし鋭く突いた。彼はもう、教師としての建前で答えることはできなかった。
「…ああ。幸せだよ」
彼の声は、雨音に負けないくらい、はっきりと響いた。
「でも、同じくらい、不安になる。俺はもう50を過ぎた男だ。君の若さと未来を、俺が縛り付けてしまっていいのかって…。君の隣にいる資格が、俺にあるのかって…」
それは、彼がずっと胸の内に秘めていた、正直な告白だった。その弱さに触れた瞬間、ユリシアの中で、何かが決まった。
「資格なんて、私が決めることだよ」
彼女は背伸びをして、彼の頬にそっと手を添え、甘く微笑む。「私は、おにいたん♡がいいの。他の誰かじゃ、絶対に嫌。えへへ、私のわがまま、聞いてくれるよね?♡」
第4章:雨上がりの虹と、新しい約束
雨は、来た時と同じように、唐突に止んだ。岩陰から出ると、西の空には大きな虹がかかっていた。
「わぁ…虹…!」
二人の間に流れていた緊張は、雨と共にすっかり洗い流されていた。ユリシアは、和先生の手をぎゅっと握った。それはもう、ただ甘えるだけの子供の手ではなかった。
「おにいたん♡、虹みたいに綺麗だね。私たちも、こんなにキラキラの約束、守ろうね♡」
「おにいたん♡、不安にさせてごめんね。でも、私の気持ちは変わらないよ。卒業するまで、ちゃんと待ってる。だから、おにいたん♡も、私だけを見てて」
彼女は目を細め、悪戯っぽく続ける。「他の子たちに、浮気しちゃダメだよ? えへへ、私のわがまま、聞いてくれるよね♡」
その言葉には、婚約者としての、そして一人の女性としての、確かな覚悟が宿っていた。和先生は、彼女の成長に胸を打たれながら、強く頷いた。
「…ああ、約束する」
帰り道、夕陽に染まる砂浜を、二人はしっかりと手をつないで歩いた。
今日の出来事は、他の誰も知らない、二人だけの秘密。でも、この秘密が、これからの二人を支える、何よりも強い絆になる。
ユリシアは心に誓った。
(みんなとの勝負も、全力で頑張る。でも、この人の隣は、絶対に誰にも譲らない。そのために、私、もっともっと可愛くなるんだから)
和先生もまた、心に決めていた。
(彼女の想いに、誠実に応えよう。教師として、そして…一人の男として)
夏の日の特別な思い出は、二人だけの宝物として、静かに、しかし確かに、その胸に刻まれたのだった。