眠れない。
あと3日。たった3日で、私の運命が決まる。
日商簿記2級と3級のダブル受験。正直、無謀だって分かってる いや、違う。私ならできる。やってみせる。
机の上には、和先生が作ってくれた試験対策プリントが山積みになってる。全部で47枚。一枚一枚に、赤ペンで丁寧にコメントが書かれてる。
「雫なら必ず理解できる」
「ここは試験に出やすいから、もう一度確認しておこう」
「よく頑張った。この調子だ」
…馬鹿みたい。こんなコメント読むたびに、胸がきゅーっとなって、顔が熱くなって。あのおっさん…いや、和先生は、きっと他の生徒にも同じように書いてるんだろうけど。
でも、私だけは違うって信じたい。
今日の放課後、柚羽に教えてる時、ふと思った。
夏休み前の私だったら、誰かに簿記を教えるなんて、想像もできなかった。「借方」と「貸方」の違いすら分からなくて、イライラして、教科書を投げ出したくなってた、あの頃の私。
それが今では、柚羽に「雫先輩のおかげで分かるようになりました!」なんて言われて。
嬉しい。すごく、嬉しい。
でも、それ以上に嬉しいのは、和先生が私の成長を見てくれてること。
昨日、職員室で質問した時、和先生が言ってくれた。
「雫、本当に成長したな。もう、立派な簿記の先生みたいだ」
その瞬間、心臓が爆発しそうだった。嬉しくて泣きそうになった 平静を装うので精一杯だった。
「べ、別に…当然でしょ」って言ったけど、本当は「もっと褒めて!もっと見てて!」って叫びたかった。
月曜日の月見の夜。
茉里絵にからかわれた。「最近、ツンデレが薄くなってきた」って。
…バレてる。完全にバレてる。
前は「あのおっさん」って呼ぶのが当たり前だったのに、最近は自然に「先生」って呼んでる。質問する時も、素直に「教えてください」って言えるようになった。
恋って、人をこんなに変えるんだ。
でも、まだ怖い。
もし試験に落ちたら?
もし、和先生の期待を裏切ったら?
もし、「やっぱり雫には無理だったか」なんて思われたら?
考えるだけで、吐きそうになる。
ユリシアのことも、複雑。
あいつ、相変わらず「おにいたん♡」って甘えてるけど、最近少し違う。山登りの時みたいな必死さが、ちょっとだけ薄れてきてる気がする。
もしかして、余裕?
それとも、何か変わり始めてる?
渚先生は…正直、強敵。大人の女性の魅力っていうの?和先生と同僚として自然に隣にいられるのは、ずるい。
でも、私には私の武器がある。
簿記。
和先生と同じ土俵で、対等に話せる唯一の分野。これで合格したら、きっと…きっと和先生は、私のことを「ただの生徒」じゃなくて、「パートナー」として見てくれるはず。
明日からラストスパート。
3級の仕訳はもう完璧。2級の工業簿記も、だいぶ理解できてきた。原価計算のところがまだ少し不安だけど、あと3日あれば…
できる。私ならできる。
和先生が信じてくれてるんだから。
試験が終わったら、告白する。
なんて、無理無理無理無理
でも、せめて「先生のおかげで合格できました」って、素直に言いたい。
「先生に教えてもらえて、本当に良かった」って。
「これからも、よろしくお願いします」って。
それくらいなら、言えるかな…?
あー、もう!考えてたら余計眠れなくなった!
明日も朝から勉強なのに。柚羽との勉強会もあるし、和先生への質問もまだいくつか残ってる。
でも、今だけは、素直になってもいいよね。
和先生、好きです。
大好きです。
試験、絶対に合格してみせます。
だから、見ててください。
…なんて、恥ずかしい。
もし誰かに見られたら、死ぬ。特にユリシアとか茉里絵とか。絶対に死ぬ。
でも、日記にくらい、本当の気持ちを書いてもいいよね。
私の、本当の勝負が始まる。