第一幕:✨ 雪の舞う夕暮れ ✨
冬の夕暮れ、チューエル淑女養成学院から程近いスタジオで、雫は予定外の追加撮影に追われていた。窓の外では、予報よりも早く雪が降り始めている。
「立野さん、もう少しだけお願いします!この構図、編集長が絶対欲しいって」
カメラマンの声に、雫は小さくため息をつきながらも、プロの微笑みを浮かべる。
「わかったわよ…でも急いでね?」
心の中では焦りが募っていた。
(妹が待ってるのに…今日はあの子の高熱も下がったばかりなのに…)
撮影が終わったのは、すでに外が真っ暗になった頃。雫は慌ただしく着替えると、雪の積もり始めた道を小走りに進む。バス停に向かうつもりだったが、今日はもう最終便も過ぎていた。
「くっ…タクシー代もったいないけど、しょうがないわね…」
財布を覗き込むと、残りわずかな千円札。タクシー代には足りない。
(歩くしかないのかしら…)
そんな時、後ろから車のライトが照らし、ゆっくりと車が近づいてくる。
「雫?こんな時間にどうしたんだい?」
窓から顔を出したのは、和先生だった。
第二幕:💫 強がりと優しさの交差点 💫
「へっ…!?なんであんたがここに…!?」
思わず強い口調になる雫。けれど和先生は、そんな彼女の反応にもう慣れていた。
「学校近くの書店で資料を探していてね。帰りがけに君を見かけたんだ。もう終バスも出ちゃったよ。送っていこうか?」
「べ、別にいいわよ!歩いて帰れるし…!」
そう言った瞬間、雪が一段と強く降り始める。雫の薄手のコートはすぐに雪で濡れてしまう。
「無理しないでいいよ。ほら、乗りなさい」
和先生の静かな声に、雫は一瞬ためらったけれど、「しょ、しょうがないわね…」と呟きながら助手席に滑り込んだ。
車内は暖かく、疲れた体に染みる。雫はそっと目を閉じる。
「住所は?」
「あ…東三丁目の…」
住所を告げながら、雫は少し恥ずかしそうにする。その地域が学院からは遠く、決して豊かな暮らしの場所ではないことを、和先生は知っているだろうから。
「雫、今日は特別な撮影だったのかい?」
「…ただのグラビアよ。大したことじゃない」
「そうか。でも君の仕事、すごいと思うよ。学業と両立させてるんだからね」
その言葉に、雫は思わず顔を上げた。和先生の横顔は、ハンドルを握る手と同じく、しっかりとしていて頼もしい。
「…なんでいきなりそんなことを言うのよ」
「だって事実だからさ」
窓の外では、雪が街灯に照らされて舞っている。雫は窓に映る自分の顔が、少しずつ柔らかくなっていくのを感じていた。
第三幕:🌟 隠されていた本当の姿 🌟
和先生の車が古いアパートの前に到着した時、雫は少し躊躇った。
「あの…ここでいいわ」
「大丈夫。玄関先まで送るよ」
「いや、でも…」
そこまで言いかけたとき、アパートの階段を小さな影が駆け下りてくるのが見えた。
「お姉ちゃん!遅いから心配してたよ〜!」
10歳になる妹の美咲が手を振っている。雪が積もり始めた中、薄いパーカー一枚で飛び出してきたようだ。
「美咲!何やってるの!風邪ひいたばかりでしょ!」
慌てて車から飛び出す雫。妹の肩に自分のコートをかけながら、和先生の車を振り返る。
「ちょっと待っててもらえる?すぐ戻るから…」
和先生が頷くのを確認して、雫は妹を連れてアパートに入っていった。
数分後、戻ってきた雫の表情はいつもと違っていた。プロのアイドルの笑顔でも、学校での強がりでもない、素の顔。
「すみません…送ってくれてありがとうございました」
丁寧に頭を下げる雫に、和先生は少し戸惑ったような表情を見せた。
「あの…よかったら、お茶でも飲んでいきませんか?外、寒いし…」
その言葉は雫自身も意外だったようで、言い終わるとすぐに顔を赤らめた。
「お邪魔していいのかな?」
「…うん」
第四幕:💕 雪解けの心 💕
アパートの一室は小さいながらも、隅々まで掃除が行き届いていた。美咲は、雫の「早く宿題終わらせなさい」の一言で、テーブルに向かっている。
「紅茶しかないけど…いいかしら?」
「ありがとう、紅茶で十分だよ」
キッチンで淹れる雫の後ろ姿を見ながら、和先生は部屋を観察していた。質素だけど温かな雰囲気。壁には美咲の描いた絵や、雫の小さな頃の写真が飾られている。でも、両親の姿は見当たらない。
「あの…突然こんな所に連れてきてごめんなさい」
紅茶を運んでくる雫の表情は、学校で見せるものとは違っていた。
「こんなところって…素敵なお部屋じゃないか」 和先生の言葉に、雫の目が少し潤む。
「…そんなこと言われても。質素なアパートだって分かってるくせに」 つい強がってしまう雫だが、声は震えていた。
「僕は本当にそう思うよ。君と美咲ちゃんが作り上げた、温かい場所だ」 和先生の優しい眼差しに、雫はどう反応していいか分からなくなる。
「美咲ちゃんと二人で暮らしてるのかい?」
そこからポツリポツリと、雫は自分のことを話し始めた。両親のこと、妹を守ってきたこと、アイドルの仕事を選んだ理由…。いつもなら絶対に語らない本音が、雪の夜に少しずつ溶け出していく。
「だから…学校では強がっちゃうのかもしれない。誰にも弱みを見せないように…特にあんたには…」
「僕には?」
「…なんでもない!」
部屋の隅では、美咲が宿題に集中している。雫はその妹の姿を見つめながら、掠れた声で続けた。
「私ね、妹のためならなんでもできる。どんなに辛くても…でも、時々怖くなるの。本当に私、これでいいのかな、って…」
和先生は黙って聞いていた。そして雫が話し終えると、静かに言った。
「雫は素晴らしいお姉さんだ。美咲ちゃんも、君を誇りに思ってるよ」
「そんな…」
「でもね、一人で抱え込みすぎないほうがいい。時には助けを求めることも、強さの一つだからね」
雪の音だけが響く静かな部屋で、雫の頬を一筋の涙が伝った。
最終幕:✨ 雪が降る夜に ✨
帰り際、和先生は玄関で立ち止まった。
「明日も雪らしいよ。よかったら、朝迎えに来ようか?美咲ちゃんも一緒に」
「え…?」 「バス停まで遠いだろう?こんな雪じゃ大変だよ」 雫は言葉に詰まった。いつもなら即座に断るはずなのに、今日は違った。胸の奥で何かが温かくなっていくのを感じる。
「…そんな気使わなくても大丈夫よ。迷惑かけたくないし…」 言葉とは裏腹に、雫の瞳には小さな期待が宿っていた。
「迷惑なんかじゃないさ。それに、美咲ちゃんも喜ぶだろう?」
「…好きにすれば?別に止めないわよ」 強がりながらも、雫の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
ドアを閉める前に、雫は勇気を出して言った。
「先生!…今日は、本当にありがとう」
「どういたしまして」
そして付け加えた。「雫のこと、少し分かった気がするよ。強くて、優しくて…本当の雫を見られて良かった」
雪が降り続く夜、雫は窓辺に立ち、遠ざかる和先生の車を見送っていた。
「あんた…私の何を分かったっていうの…」
でも、その表情には柔らかな微笑みが浮かんでいた。
—
アパートの窓から見る雪景色は、いつもより少し美しく感じられた。和先生に見せてしまった弱い自分、そして本当の自分。それでも受け入れてくれた彼の言葉が、雫の心に小さな変化を起こしていた。
明日からもきっと雫は学校で強がるだろう。和先生の前でも「あんた」と呼び、素直になれない態度を取り続けるかもしれない。でも、二人の間には確かな絆が芽生え始めていた。
❄️ おわり ❄️