2025年10月6日(月)
第1章:月華寮のシスターフッド
その夜、月華寮の一室には、ペンを走らせる音だけが響いていた。簿記検定試験を目前に控え、雫、茉里絵、柚羽の三人は、それぞれの問題集と格闘している。
静寂を破ったのは、茉里絵のため息だった。

はぁ…少し、休憩いたしませんこと?

あんたが集中力ないだけでしょ、牛乳女。

ひどいですわ、しずくさん!でも、今夜は中秋の名月ですもの。少しくらい、月を愛でる時間があっても罰は当たりませんわよね?

さんせいです!ずっと数字とにらめっこしてたら、頭が爆発しちゃいそうですもん!
雫は「勝手にすれば」とそっぽを向いたが、そのペンが止まっているのを茉里絵は見逃さなかった。

あらあら、雫さん。口ではそう仰いますけれど、最近のあなたは少し、棘が取れてきたように見えますわよ?特に…和先生の前では。

なっ…!そ、そんなわけないでしょ!あの人はただの教師で、それ以上でも以下でもないって、いつも言ってるじゃない!

ふふっ、どうでしょう。以前は『おっさん』一辺倒でしたのに、最近は動揺なさると、つい『和先生』と呼んでしまわれる。可愛らしい癖ですわね。

う、うるさいわね!仕方ないでしょ!?試験も近いんだし、ちゃんと教わらないとダメなんだから!
顔を真っ赤にして否定する雫の姿に、茉里絵と柚羽はくすくすと笑い合う。三人は窓を開け放ち、少しだけひんやりとした夜の空気を部屋の中へと招き入れた。東の空には、完璧な円を描く満月が、静かに輝いていた。
第2章:月に誓う未来
職員会議を終え、和が帰路についていると、背後から呼び止められた。

和先生!お疲れ様です。
振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべた渚が立っていた。

おや、渚先生。お疲れ様です。いま帰りですか?

ええ。…あの、もしよろしければ、駅前の和菓子屋さんに寄り道しませんか?今夜は中秋の名月ですし、月を見ながらお饅頭でも…と思いまして。

いいですね。ぜひご一緒させてください。
二人で並んで歩く、月明かりの道。老舗の和菓子屋の店先には、うさぎの焼印が可愛らしいお饅頭が並んでいた。

数週間前の私なら、こんな風に二人きりで歩いているだけで、緊張と切なさで胸が張り裂けそうになっていたかもしれない。でも、今は違う…。
渚は、数週間前の誕生日の夜を思い出していた。レストランで、和が真剣な顔で告げてくれた言葉。 『俺は、渚に、未来を共にするパートナーになってほしいと思ってる』 あの言葉が、10年以上もの間、不安と焦りで揺れ動いていた彼女の心に、暖かく、確かな光を灯してくれた。

和さん…。あなたのパートナー…。その言葉を頂いてから、本当に、世界のすべてが輝いて見えるんです。こうして隣を歩く時間も、一緒に選ぶお饅頭も、すべてが未来に繋がっているようで…。この月でさえ、まるで私たちのこれからを祝福してくれているみたい。
彼女は胸に下げたロケットペンダントを、そっと握りしめた。
第3章:二人だけの甘い時間
同じ頃、和先生の家では、ユリシアが一人、キッチンで奮闘していた。甘く香ばしい匂いが、家中に満ちている。
ガチャリ、と玄関のドアが開く音がして、ユリシアはパッと顔を上げた。

ただいま、ユリ。

おにいたん♡、おかえりなさい!ちょうどいいところに来たね!できたよー!ユリ特製の、愛情たっぷり蒸しパン!
キッチンから顔を出したユリシアの満面の笑みに、和もつられて笑みを返す。

おお、ありがとう。ちょうど小腹が空いていたところだ。
ユリシアは和を縁側へといざなうと、彼の隣にちょこんと座り、ほかほかの白い蒸しパンを差し出す。シロップが月に照らされて、きらきらと光っている。

あーんしてあげる♡

こら、一人で食べられる。…うん、美味いな。ユリの蒸しパンは世界一だ。
その言葉に、ユリシアは心の底から嬉しそうに笑った。 二人は静かに月を見上げた。他の誰もいない、この瞬間は、確かに二人だけのものだった。
第4章:それぞれの願い
夜も更けて、月は中天に昇った。三つの場所で、四人の少女たちは、それぞれの願いを月に託していた。
(月華寮の窓辺で)

…試験に合格して、和先生に……、じゃないわね、おっさんに認めてもらえますようにっそして、いつか…素直に想いを伝えられますように。

和先生…。今はまだ、遠くからお慕いすることしかできませんけれど、いつの日か、先生にふさわしい淑女になってみせますわ。
(帰り道の途中で)

和さん…。あなたの『パートナー』という言葉、世界で一番の宝物です。これから先、嬉しいことも、大変なことも、すべて隣で分かち合わせてくださいね。ずっと、あなたの側で支えさせてください。
(和先生の家の縁側で)

お月様、お願い。おにいたん♡の一番は、ずっとユリシアだけのものでありますように…!
それぞれの想いを乗せて、静かな夜は更けていく。試験まで、あとわずか。 月の光だけが、彼女たちの恋の行方を、静かに見守っていた。