星空より先に、私を見て

チューエル淑女養成学院 寄宿舎・月華寮第3学年雫の日記

学院広報の撮影に立つ、三年C組の立野雫。
胸元には、学院指定・スカート付き水泳着と「3-C 立野」の名札。
星空の下、和先生が見つめていたのは――カメラに映る姿だけではありませんでした。

本編

🌌 星空の海岸で

夜の海は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。

水平線の向こうには、深い群青色の空が広がっている。雲はほとんどなく、無数の星が海面へ淡い光を落としていた。

波が砂浜へ寄せるたび、白い泡が月明かりを受けてきらめく。✨

遠くには、小さな港町の灯が瞬いていた。

チューエル淑女養成学院の広報部が、夏季特集の撮影場所としてこの海岸を選んだ理由も、実際に来てみればよく分かる。

「立野さん、準備をお願いします!」

スタッフに呼ばれ、雫は肩にかけていたタオルを外した。

今日身につけているのは、学院指定・スカート付き水泳着

濃紺の生地に、控えめなプリーツスカートを組み合わせた、少し古風なデザインだ。

そして胸元には、白い布の名札。

3-C 立野

雫は名札の端を指でつまみ、眉をひそめた。

「……これ、本当に必要なの?」

「学院広報ですから。どの学年の、どなたがモデルを務めたのか分かる方がよいそうです」

「私の顔を見れば分かるでしょ」

「そういう問題ではないかと……」

スタッフが苦笑する。

🏷️ 三年C組・立野雫

水着の撮影なら、これまでにも何度も経験してきた。

カメラの前で堂々と立つことも、表情を作ることも、雫にとっては仕事の一部だ。

けれど、今日はいつもの雑誌撮影とは違う。

モデルの立野雫としてではなく、

チューエル淑女養成学院三年C組の立野雫として、学院を代表して写る。

その事実が、胸元の名札をいつもより重く感じさせていた。

「失敗したら、私だけじゃなくて、学院まで格好悪く見えるじゃない……」

雫が小さくつぶやくと、そばにいたスタッフが振り返った。

「何かおっしゃいましたか?」

「何でもない。早く始めるわよ」

強気に言い切り、雫は青い水鉄砲を受け取った。

少し離れた場所には、学院側の付き添いとして和先生が立っている。

手には書類の入った鞄。眼鏡の奥の穏やかな目で、撮影準備の様子を見守っていた。

三年生になっても、和先生は変わらない。

生徒を急かさず、必要以上に口を出さず、それでも誰かが困っていれば、いつの間にかすぐ近くにいる。

けれど、簿記二級に合格し、一級を目指すようになってから、二人の間で交わされる言葉は少しずつ変わってきた。

以前のように、一方的に教わるだけではない。

和先生は雫の意見を聞き、ときには一人の学習者として扱ってくれる。

その変化が嬉しいからこそ、雫は以前ほど簡単に「あのおっさん」と呼べなくなっていた。

――見てなさいよ。
星空なんかに気を取られてないで。
今夜は、ちゃんと私を見てなさい。🌌

📷 カメラの前の私

「撮影、始めます!」

カメラが向いた瞬間、雫の表情が変わった。

先ほどまでの不満そうな顔は消え、青い瞳に、いたずらっぽい光が宿る。

顎の角度。

肩の向き。

水鉄砲を持つ指先。

風になびく髪まで計算しながら、それでいて計算を感じさせない自然な笑顔を作る。

「いいですね! もう少し挑発するような感じで!」

「注文が多いわね」

そう言いながら、雫は水鉄砲の銃口を斜め上へ向けた。

引き金を引く。

勢いよく飛び出した水が、夜空へ一本の弧を描いた。

星明かりを受けた水滴が、まるで小さな流星のように輝く。✨

シャッター音が連続した。

「素晴らしいです! そのまま!」

カメラの前では、疲れを見せない。

撮り直しを頼まれても、雫は一度も嫌な顔をしなかった。

機材を運んでいた若いスタッフが足を滑らせれば、真っ先に声をかける。

休憩に入れば、タオルを羽織り、鞄から日商簿記一級の問題集を取り出した。

十分しかない休憩時間でも、付箋を貼ったページを開き、仕訳問題を一問だけ解く。

その様子を、和先生は何も言わずに見ていた。

やがて、最後の撮影が終わった。

「以上です! 立野さん、お疲れさまでした!」

スタッフたちから拍手が起こる。👏

「お疲れさまでした」

雫は笑顔で応えたあと、ようやく肩の力を抜いた。

タオルを羽織り、問題集を鞄へ戻していると、和先生が砂浜を歩いて近づいてきた。

「お疲れさま、雫。長い撮影だったね」

「これくらい普通よ。先生こそ、ずっと突っ立ってて退屈だったんじゃない?」

「いや。なかなか興味深かったよ」

「……何が?」

雫は平静を装った。

本当は聞きたくて仕方がない。

水泳着が似合っていた。

格好よかった。

撮影された写真が楽しみだ。

そんな言葉を期待しているわけではない。

少なくとも、自分ではそう思いたかった。

✨ 画面に映らないもの

和先生はすぐに答えず、静かな海へ目を向けた。

「同じ笑顔でも、撮るたびに意味が違っていたね」

「意味?」

「最初は少し緊張していた。次は自信があって、水鉄砲を持ったときは、本当に楽しそうだった」

雫の眉がわずかに動く。

「……そんなことまで分かるの?」

「これまで何年も雫を見てきたからね。少しくらいは分かるつもりだよ」

胸の奥が、どくんと鳴った。💓

――何年も、私を見てきた。

それが教師としての言葉だということくらい、分かっている。

分かっているのに、和先生の声で言われると、どうしてこんなに心臓へ悪いのだろう。

和先生の視線が、雫の胸元にある名札へ移った。

「『3-C 立野』か」

「何よ。名札が曲がってる?」

「いや。撮影中の雫は、いつものモデルの顔とは少し違って見えたんだ」

「……どういう意味?」

「今日は、自分を綺麗に見せるだけではなく、学院を代表する生徒として撮影に立っていたんだろう?」

雫は思わず、名札の文字へ目を落とした。

「撮り直しにも嫌な顔をしなかった。疲れているスタッフには先に声をかけていたし、短い休憩時間にも勉強していた」

「別に……どれも普通のことじゃない」

「うん。だからこそ、すごいと思う」

和先生は穏やかに微笑んだ。

「名札を見なくても、今日の雫が学院を背負って立っていたことは分かったよ」

その言葉が、雫の胸の奥へ真っすぐ入り込んでくる。

衣装を褒められるよりも。

外見を褒められるよりも。

ずっと嬉しかった。

雫が本当に見てほしかったのは、綺麗に作られた一瞬だけではない。

失敗するのが怖くても、前に立ち続ける自分。

誰かの真似ではなく、自分の表現を探している自分。

仕事と勉強を両立させようと、見えない場所でも必死にもがいている自分。

「今日いちばん印象に残ったのは、水泳着でも、水鉄砲でもないよ」

「雫が、画面に映らないところでも、ちゃんと立野雫だったことだ」

一瞬、波の音さえ遠くなったように感じた。

「……そういうの、ずるい」

「何がだい?」

「こっちが一番聞きたいことを、何でもない顔で言うところ」

「私は思ったことを言っただけだけれど……嫌だったかな?」

本気で心配そうな顔をする。

そういうところだ。

この人は、いつだってそうだ。

生徒が本当に欲しかった言葉だけを、本人より先に見つけてしまう。

「……ありがと、和先生」

波音に紛れるほど小さな声だった。

けれど和先生は、きちんと聞き取っていた。

「うん。どういたしまして、雫」

雫の顔が一気に熱くなる。

「今のは聞かなかったことにして!」

「それは難しいな。とても珍しい言葉だったからね」

「この……!」

雫は反射的に水鉄砲を構えた。

「ちょっと待って、雫。それにはまだ水が――」

「油断する方が悪いのよ!」

引き金を引く。

冷たい水が一直線に飛び、和先生のシャツを見事に濡らした。💦

「わっ!」

和先生が眼鏡を押さえながら、驚いて一歩下がる。

雫は水鉄砲を肩へ担ぎ、勝ち誇ったように笑った。

「そんなので生徒を守れるの? 次はちゃんと避けなさいよ、おっさん!」

「ああ、今度は頑張ってみるよ。……でも、先生に水鉄砲を撃つ生徒から、生徒を守る方法は少し難しいね」

「う、うるさい!」

雫はくるりと背を向け、砂浜を走り出した。

顔が熱い。

胸が苦しいほど高鳴っている。

けれど、その表情には、カメラの前では一度も見せなかった笑顔が浮かんでいた。

星空よりも。

夜の海よりも。

今夜、本当に見てほしかった人に――。

名札の奥にいる、本当の自分を見つけてもらえたから。

✦ ✦ ✦

エピローグ 三年C組・立野雫の極秘記録

📖 深夜一時、極秘記録

深夜一時。

月華寮の部屋へ戻り、シャワーを浴びたあと。

私は濃い緑色のTシャツと短パンに着替え、畳の上に置かれた文机の前へ座った。

茉里絵はまだ共同浴室から戻っていない。

今しかない。

私は引き出しから、鍵のついた日記帳を取り出した。

表紙には大きく、

『極秘・仕事と演技の研究記録』

と書いてある。

もちろん、嘘。

仕事と演技の研究は二割くらい。

残りの八割は――。

……いや、七割。

六割。

やっぱり八割くらいは、和先生のことかもしれない。

私は日記帳を開き、今日の日付を書いた。

今日は学院広報の撮影だった。

衣装は、学院指定・スカート付き水泳着。

胸元には、

3-C 立野

という名札までつけられた。

最初に見たときは、正直ちょっと古いと思った。

今どき、撮影用の水泳着に学年とクラスと名字を大きく書く?

普通、書かないでしょ。

でも、撮影が始まったら少しだけ考えが変わった。

今日の私は、雑誌に出るモデルでも、女優でもなかった。

チューエル淑女養成学院三年C組の立野雫だった。

失敗したら、私だけじゃなくて、学院まで格好悪く見える。

だから、いつもより緊張してたのかもしれない。

……そのことを。

あの人は、全部分かってた。

「名札を見なくても、今日の雫が学院を背負って立っていたことは分かったよ」

何なのよ、それ!!😳

どうしてそんなことが分かるの!?

私はカメラの前では、いつもどおりにしてたはずでしょ!?

むしろ完璧だったし!

緊張してるところなんて、絶対に見せてない!

それなのに、

「これまで何年も雫を見てきたからね」

何年も雫を見てきたって何!?💥

危険すぎるでしょ、その言い方!

先生として生徒の成長を見てきたって意味なのは分かってる。

分かってるけど!!

ほかに言い方があるでしょうが!

「成長したね」とか。

「責任感が出てきたね」とか。

「三年生らしくなったね」とか。

そういう安全な表現があるでしょ!?

どうしてわざわざ、

『何年も雫を見てきた』

なのよ!

脳内で何回再生しても、破壊力が全然落ちないんだけど!

むしろ再生するたびに、声が優しくなってる気がする!

これ、私の脳内補正!?

危険!

非常に危険!⚠️

💓 和先生の言葉が止まらない

しかも最後には、

「雫が、画面に映らないところでも、ちゃんと立野雫だったことだ」

とか言った。

……もう、やめて。

本当にやめて。

あの人、私を泣かせるつもり?

私は、ずっとカメラの前で完璧に見えるようにしてきた。

失敗しても平気な顔をして。

怖くても強気に笑って。

天瀬りおなみたいになりたくて。

でも、どれだけ頑張っても追いつけなくて。

誰かの真似じゃなくて、私には私の良さがあると思えるようになった今でも、やっぱり不安になる。

女優として、このままでいいのか。

もっと上へ行けるのか。

日商簿記一級なんて、本当に私に取れるのか。

だから……。

見えないところまで見てくれていたって言われたのが、嬉しかった。

めちゃくちゃ嬉しかった。

今日の写真がどんな雑誌の表紙に選ばれるより、たぶん嬉しかった。💓

……。

って!

何を書いてるのよ、私!!🫣

重い!

和先生への感情が重すぎる!

私はアイドルで、女優で、モデルなの!

たった一人の先生に褒められたくらいで、日記を何ページも使ってる場合じゃないでしょ!

しかも最後には、

「ありがと、和先生」

とか言っちゃった。

素直か!!

誰よ、あれ!

私じゃない!

夜の海岸にだけ現れる、謎の金髪美少女よ!

それなのに、ちゃんと聞かれてた。

「どういたしまして、雫」

って返された。

名前まで優しく呼ばれた。

あの瞬間、本当に心臓が止まるかと思った。💓💓

だから、水鉄砲で撃った。

不可抗力。

緊急避難。

あのまま何もしなかったら、真っ赤な顔で固まって、二度と動けなくなっていた。

でも、びしょ濡れになった和先生、ちょっと面白かった。

眼鏡を押さえながら、

「わっ!」

って。

ふふっ。

……じゃなくて!

先生に水をかけたのは、さすがに悪かったかも。

明日、謝った方がいいかな。

でも普通に謝るのは、なんだか負けた気がする。

温かい飲み物でも渡す?

「余ってたから」とか言って。

いやいやいや!

それじゃ完全に、先生のことを心配する乙女じゃない!🫣

「昨日は悪かったわね。別に風邪をひかれたら困るだけだから」

……。

完璧。

いつもの私。

でも、きっと和先生は笑って、

「ありがとう、雫」

って言う。

それでまた私の心臓が爆発する。💥

何、この無限ループ。

勝ち目がないんだけど。

先生としては頼りになるし。

簿記を教えているときは、すごく格好いいし。

たまに子どもみたいにはしゃぐし。

こっちが本気で悩んでいるときだけ、欲しかった言葉を正確に当ててくるし。

そんなの。

好きになるなって方が、無理じゃない?

……好き。

私は、和先生が好き。

すごく好き。

本当は「あのおっさん」なんて、もう呼びたくない。

最初は本当に、変なおっさん教師だと思ってたけど。

今は――。

和先生。

私の大切な先生。

卒業するまでは、生徒と教師。

それは分かってる。

だから今は、これでいい。

でも、いつか。

私がちゃんと自分の力で立てる大人になったら。

女優としても、勉強でも、誰かに守られているだけじゃなくなったら。

そのとき、もう一度言ってほしい。

「ずっと雫を見てきた」って。

今度は、先生としてじゃなくて。

一人の女性として――。

……。

…………。

きゃあああああああっ!!🫣

無理!

何これ!

私、何を書いてるの!?

消す!

……ボールペンだから消せない!

破る!?

でも破ったら、今日の和先生の言葉まで消えるみたいで嫌!

じゃあ保存!

永久保存!

……って、それも違う!

誰かに見つかったら、学院生活どころか女優人生まで終わる!

私は日記帳を勢いよく閉じ、文机の引き出しへ押し込んだ。

カチリ。

鍵をかける。

さらに取っ手を二度引っ張り、絶対に開かないことを確かめた――その瞬間。

🚪 茉里絵、帰還

「ただいま戻りましたわ」

部屋の扉が開いた。

「うわああっ!?」

共同浴室から戻ってきた茉里絵が、水色の寝巻き姿で立っていた。

髪はまだ少し湿っている。

「まあ。随分と可愛らしい悲鳴ですこと」

「な、何でもない! 急に入ってこないでよ!」

「こちらは、わたくしの部屋でもございますけれど」

「それはそうだけど!」

茉里絵は、文机の前で固まっている私を見つめた。

それから、ゆっくりと微笑む。

嫌な笑顔。

こういうときの茉里絵は、絶対に何かを察している。

「雫さん。ずいぶんお顔が赤いですわね」

「撮影で日に焼けただけよ」

「今夜は夜間撮影だったと伺っておりますが」

「水鉄砲で運動したから暑いの!」

「まあ。水鉄砲は、ずいぶん体力を消耗するものなのですね」

くっ……!

この女、今日に限って妙に鋭い!

茉里絵の視線が、私の右手に握られた小さな鍵へ向けられた。

「先ほどまで、日記を書いていらしたの?」

「違う! 仕事の研究記録!」

「鍵をかけて保存するほど、重要な研究でしたのね」

「企業秘密なの!」

「どちらの企業の秘密かしら?」

「立野雫プロダクションよ!」

「そのような会社、初めて伺いましたわ」

茉里絵はくすくす笑いながら、自分の布団のそばへ座った。

「……雫さん。今夜、何か嬉しいことでもございましたの?」

「なっ……!」

心臓が跳ねた。

どうして分かるのよ!?

「ち、違うわよ! どうしてそこで和先生が出てくるの!?」

「あら」

茉里絵は目を瞬いたあと、ゆっくりと口元を緩めた。

「わたくしは、まだ和先生のお名前など一度も申し上げておりませんわ」

「……っ!」

しまった。

自分から答えを言った。

茉里絵の口元が、ますます楽しそうに緩む。

「なるほど。やはり和先生に、何か嬉しいことを仰っていただいたのですね」

「ち、違うって言ってるでしょ!」

「では、どうして和先生のお名前が出てきましたの?」

「それは……その……!」

言葉に詰まった私を見て、茉里絵は満足そうに微笑んだ。

「ふふふ。今夜の雫さんは、ずいぶん素直でいらっしゃいますこと」

「どこがよ!」

「では、何と仰っていただいたの?」

「だから何も言われてない!」

「『学院指定の水泳着が、とても似合っていますね』とか?」

「そんな表面的なことを言う人じゃないわよ!」

「では……」

茉里絵は少し考え、わざとらしく首を傾げた。

「『名札を見なくても、雫さんが頑張っていることは分かります』とでも?」

「どうしてそれを――」

言いかけて、両手で口を押さえた。

遅かった。

茉里絵は一瞬目を丸くしたあと、すべてを理解したように微笑んだ。

「あらまあ。本当に、よく似たことを仰ってくださったのですね」

「今の忘れて! 全部忘れなさい!」

「無理なお願いですわ。これほど愛らしい雫さんは、滅多に拝見できませんもの」

「愛らしくない! 私はクールで格好いい女なの!」

「ええ。格好よくて、努力家で……和先生の一言で、お顔が真っ赤になってしまう、とても可愛らしい女性ですわ」

「茉里絵ぇぇぇっ!!」

私は近くの枕をつかみ、茉里絵へ投げつけた。

茉里絵は予想していたように、両手で軽やかに受け止める。

「ふふふ。よろしゅうございましたわね、雫さん」

その声は、からかっているだけではなかった。

いつも近くで、私が仕事と勉強を両立させようともがいている姿を見てきた茉里絵だからこそ、少しだけ喜んでくれているのだと思う。

「……別に。先生として褒められただけだから」

「はいはい。そういうことにしておきましょう」

「その言い方、ムカつく!」

「ですが、雫さん」

茉里絵は受け止めた枕を抱えながら、上品に微笑んだ。

「わたくしも、和先生への敬愛では負けませんわよ?」

「……ふん。望むところよ」

私は腕を組み、負けじと笑い返した。

「私だって、あんたにも、渚先生にも、ユリシアにも負けるつもりないから」

「まあ。先ほどまでのお顔とは、ずいぶん違いますこと」

「うるさい!」

茉里絵がまた笑う。

🌙 消灯後のひと言

その夜、部屋の明かりを消したあとも、私はなかなか眠れなかった。

隣の布団から、茉里絵の穏やかな寝息が聞こえてくる。

私は枕を抱きしめ、目を閉じた。

すると、またあの声が脳内に蘇る。

――これまで何年も、雫を見てきたからね。

「……ばか」

誰にも聞こえないように、小さくつぶやく。

「そんなこと言われたら、もっと好きになるに決まってるじゃん……和先生♡」

暗闇の向こうから、声がした。

「まあ……♡」

「起きてたの!?」

「おやすみなさいませ、雫さん」

今の聞かなかったことにしなさい!!

深夜一時を過ぎた月華寮。

私の絶叫が廊下へ響き渡り、翌朝、寮監からしっかり注意を受けることになった。

……全部、和先生のせいだから。💢