残暑よりも、少しだけ熱く

渚先生の日記第3学年

2026年8月24日(月)

今日も、本当に暑い一日でした。

八月も残すところ、あと一週間。

学院はまだ夏休み中ですが、九月から始まる二学期に向けて、私たち教員は少しずつ準備を始めています。

体育館の備品を確認したり、授業計画を見直したり、生徒たちが戻ってきたときにすぐ授業を始められるように準備したり。

それにしても……。

八月下旬になったというのに、この暑さはいったいいつまで続くのでしょう。

体育館を少し歩いただけでも汗ばんでしまいますし、外へ出れば、まだ真夏のような日差しです。

体育教師として暑さには強いつもりなのですが、さすがに今年の残暑には少々参ってしまいます。

そんな今日。

仕事を終えて職員室を出ようとしたとき、和先生が声をかけてくださいました。

「渚、今日はもう上がるのか?」

「はい。今日の分は終わりましたので」

そう答えると、和先生は窓の外をちらりと見て、

「まだ暑いな。渚も気をつけて帰れよ」

と。

私はいつものように、

「はい。ありがとうございます。和先生もお気をつけて」

と答えて、そのまま学院をあとにしました。

……ちゃんと、普通に答えられました。

ええ。

普通に、です。

だって最近では、二人きりになると和先生が私のことを「渚」と呼んでくださることも、ずいぶん増えましたから。

以前の私だったら、一度そう呼んでいただいただけで、

(い、今……渚って……!?)

なんて、一日中その二文字を頭の中で反芻していたと思います。

今ではもう、そんなことはありません。

私だって大人です。

そのくらいでは動揺しません。

……たぶん。

家に帰ると、すぐに冷房をつけました。

汗を流して、涼しい部屋着に着替えて。

まだ夕食には少し早い時間だったので、床に敷いてある敷布団の上に、ちょこんと座りました。

窓の外はまだ明るくて、庭の緑が夏の日差しを受けています。

冷房の風が気持ちよくて、

「はぁ……」

と、ようやく一息。

何をするでもなく、ぼんやり今日一日のことを思い返していました。

すると――。

『渚、今日はもう上がるのか?』

……。

『渚も気をつけて帰れよ』

…………。

……♡

どうしてでしょう。

さっきまで涼しかったはずなのに、少しだけ頬が熱くなってきました。

冷房はちゃんと動いています。

設定温度も問題ありません。

ですから、きっとこれは残暑のせいです。

間違いありません。

でも。

最近、本当に増えたんです。

和先生が、私のことを「渚」と呼んでくださること。

誰かがいるときは今までどおり「渚先生」。

けれど、二人だけになると。

「渚」

と、ごく自然に呼んでくださる。

昔は、その呼び方が特別すぎて。

一度聞いただけで胸がいっぱいになっていました。

今は、以前ほど驚かなくなりました。

けれど不思議なものですね。

慣れてきたからといって、嬉しくなくなるわけではありません。

むしろ――逆なんです。

昔は「特別な一度」だったことが、

少しずつ、私たちの「いつものこと」になってきている。

それが。

どうしようもないくらい、嬉しいんです。

そんなことを考えていたら、また顔が熱くなってきました。

……今日は暑いですからね。

そう。

暑さのせいです。

絶対に。

ふと横を見ると、いつも部屋に置いている白いうさぎさんが目に入りました。

なんとなく。

本当になんとなくです。

私はその子を抱き上げて――。

ぎゅっ……💕

……はい。

ここまでが、さっきの私です。

うさぎさんを胸に抱いてみたら、ふわふわしていて、なんだか少し安心しました。

それで、目を閉じたら。

また聞こえてしまったんです。

『渚』

和先生の声が。

…………。

もし。

もしですよ?

もしこれが、うさぎさんではなくて……。

和先生だったら――。

(〃ω〃)

「…………っ!?」

な、ななな、何を考えているんですか私はっ!!

違います!

今のは違います!

暑さです!

きっと今年の異常な残暑が、私の思考回路に何らかの影響を……!

……でも。

いつか本当に。

和先生のそばで、こんなふうに安心して目を閉じられる日が来たら。

なんて。

少しだけ思ってしまいました。

学生だった頃の私は、

「いつか和先生の隣にいられたら」

と願っていました。

そして今。

同じ学院で教員として働き、

二人きりのときには「渚」と呼んでもらえるようになって。

あの頃の私が今の私を見たら、きっと信じてくれないでしょうね。

もしかしたら、嬉しすぎてその場で倒れてしまうかもしれません。

……今の私だって、あまり変わらない気もしますけれど。

夏休みも、あと一週間。

九月になれば生徒たちも戻ってきて、学院はまた賑やかになります。

こうして静かな職員室で和先生と話せる時間も、少し減ってしまうのでしょうか。

そう考えると、ちょっとだけ寂しいです。

だから。

夏が終わるまでのあと少し。

こういう何でもない時間を、大切に覚えておきたいと思います。

「渚」

と呼んでくださった声も。

「気をつけて帰れよ」

と心配してくださったことも。

全部。

私にとっては、とても大切な夏の思い出です。

……さて。

そろそろ夕食の準備をしなければ。

でも。

もう少しだけ、このままでもいいですよね?

うさぎさんが離してくれないので。

……え?

私の方がぎゅっと抱きしめている?

そ、そんなことありません!

それから念のため書いておきますが。

このうさぎさんは、決して和先生の代わりではありませんからね?

本当です。

♡…………たぶん。♡

水無瀬 渚

夏の昼下がりの渚先生