1.非常事態
九月二十六日、土曜日。
午前九時。
久しぶりに実家へ戻った立野雫は、居間の座布団に座ったまま、もう十分ほど同じ姿勢で固まっていた。
向かいでは、小学六年生の妹・美咲が、テレビを見ながら朝食のトーストをかじっている。
「…………」
「…………」
「…………美咲」
「ん?」
「相談がある」
美咲が振り返った。
「恋愛?」
「なんで即答なのよ!」
「だって、お姉ちゃんがそんな顔して相談って言ったら、だいたい和先生のことでしょ」
「…………」
開始三秒で見抜かれた。
雫は頭を抱えた。
「もう嫌、この妹……」
「で?」
美咲はトーストを皿へ戻した。
「おじちゃん、今度は何したの?」
「何したっていうか……」
雫は言いにくそうに視線を逸らした。
「渚先生に……プロポーズしようとしてた」
「えっ」
美咲の目が丸くなる。
「プロポーズ!?」
「未遂よ! 未遂!」
「なんで未遂なの?」
「私たちがついて行ったから」
「なんでついて行ったの!?」
「ユリシアが緊急招集かけたのよ!」
「なんで!?」
「私に聞かないでよ!」
開始一分で話が大混乱した。
美咲はしばらく黙っていたが、やがて額に手を当てた。
「つまり……」
指を一本立てる。
「渚先生の誕生日に、おじちゃんが二人きりで食事に誘った」
「うん」
二本目。
「本当は、そのあとプロポーズする予定だった」
「……うん」
三本目。
「そこへお姉ちゃんたち三人が乱入した」
「乱入って言うな!」
「だって乱入じゃん」
「…………」
反論できなかった。
「それで、みんなの前でプロポーズするつもりだったってバレた」
「そう」
「渚先生は?」
「卒業までは待ってくださいって」
「へえ……」
美咲は感心したように頷いた。
「渚先生、大人だね」
「……そうなのよ」
雫は小さく息を吐いた。
そこが悔しい。
渚先生は、泣いていた。
本当なら今すぐ「はい」と答えたいほど嬉しいと言いながら、それでも自分たちとの約束を守った。
あんな姿を見せられたら。
単純に嫌いになれるわけがない。
でも。
だからこそ。
「私だって……負けたくないの」
雫は膝の上で拳を握った。
「和先生のこと、本当に好きだから」
美咲が瞬きをした。
「…………」
「何よ」
「お姉ちゃん」
「なによ」
「今、普通に『好き』って言ったね」
「…………っ!」
気づいた瞬間、雫の顔が赤くなる。
「い、いいでしょ! もうそこは認めてんのよ!」
「成長したねえ」
「小学六年生にしみじみ言われたくない!」
2.去年から知ってました
「でもね」
雫はここからが本題だと言わんばかりに身を乗り出した。
「もっと最悪なことが分かったの」
「まだあるの?」
「あるのよ!」
そして。
雫は声を潜めた。
「和先生……私が好きなの、去年の春から知ってた」
「…………」
美咲が止まった。
「え?」
「だから!」
雫の顔がみるみる赤くなる。
「私が和先生のこと好きなの、本人、去年から知ってたのよ!」
「…………」
数秒間。
美咲は何も言わなかった。
そして。
「あはははははははは!!」
「笑うなぁぁぁぁぁ!!」
美咲はテーブルに突っ伏した。
「だ、だって! お姉ちゃん去年、私に相談したじゃん!」
「覚えてるわよ!」
「私、『おじちゃん鈍感だから、お姉ちゃんから攻めないと一生気づかれないよ』って言ったよね!?」
「言ったわよ!」
「あの時もう知ってたの!?」
「知ってたのよぉぉぉ!!」
美咲はお腹を抱えた。
「じゃあ意味なかったじゃん!」
「それを言わないでぇぇぇ!!」
去年。
美咲に背中を押され。
少しずつ。
少しずつ。
尊敬していると伝え。
ありがとうと言えるようになり。
自分なりに必死で距離を縮めてきた。
その間ずっと。
和先生は。
――ああ、雫は私のことが好きなんだな。
と知っていた。
「私が『別に先生のためじゃないし』とか言うたびに!」
「うん」
「『あのおっさんなんてどうでもいい』って言うたびに!」
「うん」
「全部!」
「うん」
「全部ぅぅぅぅ!!」
雫は座布団へ顔を埋めた。
美咲はしばらく笑っていたが。
ふと。
真顔になった。
「じゃあさ」
「……何よ」
「一番鈍感だったの、お姉ちゃんじゃない?」
「…………」
雫が顔を上げる。
「は?」
「だって、おじちゃんはお姉ちゃんの気持ち知ってたんでしょ?」
「……そうだけど」
「お姉ちゃんだけ、『まだバレてない』って思ってた」
「…………」
「だから、一番気づいてなかったの、お姉ちゃん」
「算数の文章問題みたいに言うなぁぁぁ!!」
3.美咲先生の恋愛講座
ひとしきり笑ったあと。
美咲は麦茶を一口飲んだ。
「でも、よかったじゃん」
「何がよ」
「もう隠さなくていいじゃん」
雫が止まる。
「…………え?」
「だって、好きなの知ってるんでしょ?」
「……まあ」
「それでも今まで普通に接してくれてたんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ」
美咲は首を傾げた。
「なんでまだ隠すの?」
「…………」
雫は答えられなかった。
「いや……だって……」
「恥ずかしいから?」
「…………」
「嫌われるのが怖いから?」
「…………」
「お姉ちゃん」
「分かってるわよ!」
雫は頬を膨らませた。
美咲は、少しだけ笑った。
「私ね」
「なに」
「どうしたらお姉ちゃんがおじちゃんに選ばれるかは、分かんないよ」
雫が美咲を見る。
「渚先生は大人だし、ずっと前からおじちゃんのこと好きだったんでしょ?」
「……うん」
「ユリシアちゃんだって、おじちゃんとすっごく長いんでしょ?」
「うん」
「だから、誰が一番とか、私には分かんない」
小学六年生らしからぬ。
でも。
妙にまっすぐな言葉だった。
「でもね」
美咲は続けた。
「お姉ちゃんがあとで後悔する方法なら分かる」
「……何よ」
「ずっと『別に』って言って、本当のこと何にも言わないこと」
「…………」
胸に刺さった。
「好きなのに『別に』」
「…………」
「嬉しいのに『別に』」
「…………」
「ありがとうって思ってるのに『別に』」
「…………」
「お姉ちゃん、そればっかりじゃん」
「う……」
「だから今日から禁止」
「何が?」
美咲は人差し指を立てた。
「『別に』禁止」
「はぁ!?」
二本目。
「『たまたま』禁止」
「ちょっと!」
三本目。
「『余ってたから』禁止」
「待ちなさい!」
四本目。
「和先生に対する『おっさん』禁止」
「それはもう普段はほとんど言ってないわよ!」
「怒った時言うじゃん」
「……それは」
「はい禁止」
「勝手に決めるな!」
美咲はにっこり笑った。
「来年の春まで」
「長いわ!」
「私、中学生になるから」
「関係ないでしょ!」
「お姉ちゃんも卒業するでしょ?」
「…………」
今度は雫が黙った。
美咲は少し得意げに笑う。
「時間ないの、お姉ちゃんの方じゃん」
「この……」
反論できない。
「最近ほんっと生意気ね。中学生になるからって!」
「まだ小学生ですー」
「だったら小学生らしくしなさい!」
「恋愛相談してきた高校三年生のお姉ちゃんに言われたくないですー」
「美咲ぃぃぃ!!」
4.初級編・柚羽
月曜日。
昼休み。
雫は廊下で柚羽と鉢合わせた。
「あ、雫先輩」
柚羽は何冊かのプリントを抱えていた。
「これ、商業科の先生から預かりました。三年生の追加問題だそうです」
「ああ。別に、わざわざ持ってきてもらわなくても――」
そこまで言って。
雫の口が止まった。
頭の中に、美咲の声が蘇る。
――『別に』禁止。
「…………」
「雫先輩?」
「……ありがと、柚羽」
「…………」
今度は柚羽が止まった。
「な、何よ」
「あ……いえ」
「何?」
柚羽は不思議そうに雫の顔を見つめた。
「今、『別に』って言いかけたのに……途中でやめましたよね?」
「そこまで聞いてたの!?」
「聞こえましたから……」
柚羽は少し考えてから、ふわっと笑った。
「でも、嬉しいです」
「え?」
「雫先輩に、普通に『ありがとう』って言ってもらえるの」
「…………」
雫は反射的に視線を逸らした。
危ない。
また「別に」が出そうになった。
「……私も」
「はい?」
「ちゃんと言えてよかった」
柚羽の目が丸くなる。
「雫先輩……!」
「その感動した顔やめて!」
初級編。
どうにか突破。
5.中級編・犬猿の仲
そしてその日の放課後。
最大級に面倒な相手と遭遇した。
姫宮綾香。
「立野さん」
「何よ」
「先週お渡しした工業簿記の解法、確認しましたか?」
「…………」
確認した。
しかも。
悔しいことに。
ものすごく分かりやすかった。
いつもの雫なら。
『まあまあ使えたわ』
で終わる。
しかし。
美咲の顔が浮かぶ。
――本当のこと言いなよ。
「……あれ」
「はい」
「分かりやすかった」
綾香が瞬きをした。
「そうですか」
「…………」
「…………」
終わってはいけない。
雫は拳を握る。
「ありがと」
「…………」
綾香が止まった。
「何よ」
「いえ」
「何なのよ!」
綾香は眉間にしわを寄せた。
「体調が悪いのですか?」
「柚羽と同じ反応すんなぁぁぁ!!」
「柚羽さんも?」
「何でもない!」
綾香は少し警戒するように雫を眺めた。
「あなたが私に素直に礼を言うとは」
「私だって成長するのよ!」
「なるほど」
綾香は顎に手を当てる。
「何か裏がありますね」
「ないわよ!」
「和先生に何か言われましたか?」
「なんでそこで和先生が出てくるのよ!」
「あなたの場合、行動変容の原因として最も可能性が高いので」
「分析すんな!」
数秒後。
綾香は、ほんの少しだけ笑った。
「まあ、役に立ったのであれば結構です」
「……うん」
「ですが、次の問題では同じ方法は使えませんので」
「分かってるわよ」
「本当に?」
「喧嘩売ってる!?」
いつもの二人に戻った。
ただ。
雫は歩き出しながら。
少しだけ笑っていた。
ちゃんと言っても。
世界は終わらなかった。
6.最終試験
放課後。
商業科準備室。
和先生は机の上に広げたプリントを、一枚ずつ確認していた。
コンコン。
「どうぞ」
扉を開ける。
「先生」
「ん? 雫か」
和先生は顔を上げると、いつものように眼鏡の奥で穏やかに笑った。
「どうした? また分からない問題でもあった?」
「またって何よ、またって」
「違うの?」
「今日は違うわよ!」
「そうか。じゃあ珍しいな」
「……帰るわよ?」
「まだ何も聞いてないだろう」
さらっと返される。
これだ。
一年生の頃から、ずっとこれ。
昔はこちらが噛みつけば、少しくらい困った顔をしていた気がするのに。
今ではすっかり扱いを覚えられてしまった。
(なんで私より私の扱いに慣れてんのよ……)
「それで?」
和先生がプリントを机へ置いた。
「わざわざ来たんだから、何かあるんだろう?」
「…………」
急に逃げ道を塞がれた。
雫は準備室の中へ入り、後ろ手に扉を閉める。
「この前の……渚先生の誕生日のこと」
「ああ」
和先生の表情がほんの少しだけ真面目になった。
「その節は大変お騒がせしました」
「なんで急に他人行儀なの」
「いや、あの日は本当に驚いたからね」
「何がよ」
「家を出ようとしたら、ユリシアと雫と茉里絵が三人揃って立ってた」
「偶然よ」
「まだそれで通すの?」
「奇遇ってあるでしょ」
「三人とも外出する気満々の格好で?」
「たまたまよ」
「私の家の前に?」
「……そういう日もあるのよ」
「しかも雫、私が止める前に後部座席のドアを開けてたよね」
「…………」
覚えている。
「細かいわね!」
「なかなか忘れられないよ」
「忘れなさいよ」
「無理だな」
即答だった。
「なんでよ!」
「二人で出かける予定だったのに、気づいたら五人になってたからね」
「……結果的には楽しかったでしょ」
「まあね」
「じゃあいいじゃない!」
「雫」
「何よ」
「そういう問題じゃないと思うよ」
「うるさいわね!」
和先生は小さく笑った。
完全に遊ばれている。
以前なら、ここで「あのおっさん!」とでも言って終わるところだった。
でも。
今日は。
そのために来たわけじゃない。
「……ねえ」
「うん?」
「先生さ」
雫は少し視線を落とした。
「私のこと……去年から知ってたんでしょ」
「…………」
和先生の笑顔が少し固まる。
あ。
分かりやすい。
さっきまであんなに余裕だったくせに。
「その……」
和先生は眼鏡の位置を直した。
「ユリシアから、そういう話は聞いていました」
「ほら! また敬語!」
「え?」
「こういう話になると、なんで急に先生らしくなるのよ!」
「いや、それは……」
「さっきまで人のこと散々からかってたじゃない!」
「それとこれとは話が違うだろう」
「何が違うのよ!」
「雫」
「何よ」
「先生も困るんだよ」
「…………」
思っていなかった答えだった。
和先生は困ったように笑った。
「雫が一年生の頃みたいに『おっさん!』って怒ってくるだけなら、こっちも慣れてるんだけどね」
「誰のせいで慣れたのよ」
「雫だろう」
「即答するな!」
また。
いつものやり取り。
けれど。
和先生は少しだけ視線を逸らした。
「そういう気持ちを真正面から聞かれると……さすがに、どう答えたらいいのか分からない」
「…………」
今度は雫が黙った。
なるほど。
困っているのは。
自分だけではないらしい。
「……じゃあ」
雫は息を吸った。
「今日は、その話をしに来たんじゃない」
「そうなの?」
「いや、関係はあるんだけど!」
「どっちなんだ」
「うるさい!」
危ない。
またいつものペースに戻るところだった。
美咲の顔が浮かぶ。
――お姉ちゃん。ちゃんと言いなよ。
雫は拳をぎゅっと握った。
「私ね」
「うん」
「先生が知ってたって聞いた時……死ぬほど恥ずかしかった」
「そんなに?」
「そんなによ!」
「でも雫、分かりやすかったからなあ」
「…………は?」
「いや」
和先生は明らかに目を逸らした。
「今のなし」
「ちょっと待ちなさい」
「忘れて」
「忘れられるわけないでしょ!」
「雫がさっき言っただろう」
「何をよ!」
「『忘れなさいよ』って」
「仕返しすんな!」
とうとう雫は机をばんっと叩いた。
「もう! そういうところよ!」
「何が?」
「私が一年生の頃から、何言っても全然動じないで!」
「いや、最初はかなり困ってたよ」
「嘘」
「本当だよ。入学して早々、廊下で注意したら『おっさん』だからね」
「……若気の至りよ」
「まだ三年しか経ってないぞ」
「昔よ!」
「それに宿題を忘れて怒られて、逆ギレして」
「昔!」
「分からない問題があるのに『別に分からなくてもいいし』って」
「昔だってば!」
和先生が笑う。
「よく覚えてるね」
「……何がよ」
「そんな雫が、今は自分から勉強して、簿記も頑張って」
その声が。
少しだけ柔らかくなった。
「ちゃんと『和先生』って呼んでくれるようになった」
「…………」
「ずいぶん変わったなって思ってるよ」
胸の奥が。
きゅっとなる。
だから。
この人はずるい。
普段は散々からかうくせに。
こんな時だけ。
自分が一番欲しい言葉をくれる。
「……だから」
雫は顔を伏せた。
「何?」
「ありがと」
和先生が瞬きをした。
「何が?」
「知ってても……今までと同じようにしてくれたこと」
「…………」
「変に距離取ったりもしないで。気持ち悪がったりもしないで」
「そんなことするわけないだろう」
すぐに返ってきた。
雫は顔を上げた。
和先生は、少しだけ眉を寄せていた。
「雫が私をどう思っているかとは別に、雫は雫だよ」
「…………」
「一年生の頃から散々手を焼かされてきた、大事な教え子だ」
「何よ、その言い方」
「事実だろう?」
「もう少し言い方あるでしょ!」
「じゃあ、とても手のかかる大事な教え子」
「悪化してるわよ!」
二人とも笑った。
でも。
雫は。
今度こそ逃げなかった。
「それから」
「うん?」
「勉強教えてくれたことも」
「うん」
「簿記二級の時も」
「うん」
「仕事のことも、ちゃんと見てくれてたことも」
「……うん」
「私が頑張ってるところ、誰も見てないと思ってたところまで……見つけてくれたことも」
声が小さくなる。
頬が。
熱い。
「……全部」
一度。
息を吸う。
美咲。
これでいいんでしょうね。
「ありがと、和先生」
今度は。
何も付け足さなかった。
『別に』も。
『たまたま』も。
『先生だから』も。
和先生は、しばらく何も言わなかった。
そして。
ふっと笑った。
「……どういたしまして、雫」
その声音が。
思っていたよりずっと優しかった。
「でも」
「何よ」
「そうやって素直に言われると、先生の方が照れるな」
「…………」
雫の顔が一瞬で赤くなった。
「なっ……!」
「いや、本当に」
「何それ!」
「だって雫、昔なら絶対こんなこと言わなかっただろう?」
「わ、悪かったわね!」
「悪いとは言ってないよ」
和先生は笑う。
「嬉しいって言ってるんだ」
「…………っ!!」
だめだ。
限界。
雫はくるりと背を向けた。
「帰る!」
「え、もう?」
「もう!」
「分かった。気をつけて帰れよ」
「言われなくても分かってる!」
扉に手をかける。
そこで。
一度だけ止まった。
昔なら。
ここで。
「あのおっさん!」
くらい言って逃げていた。
でも。
今日は。
「……じゃあね、和先生」
「ああ」
和先生はいつもの顔で笑った。
「また明日、雫」
「…………うん」
扉を閉める。
五秒。
十秒。
廊下を曲がる。
人がいないことを確認する。
そして。
「~~~~~~っ!!」
雫は両手で真っ赤な顔を覆った。
無理。
やっぱり無理。
素直になるって。
心臓に悪すぎる。
「『嬉しいって言ってるんだ』じゃないわよ……バカ……」
誰にも聞こえない声で呟く。
それでも。
少しだけ。
嬉しかった。
スマートフォンを取り出す。
美咲へメッセージ。
『言った』
十秒後。
『何を?』
『ありがとうって』
既読。
『ちゃんと「別に」なし?』
『なし』
数秒。
『えらい😊』
「…………」
小学六年生に褒められている。
非常に納得がいかない。
すると。
もう一通。
『次は「嬉しい」ね』
「はぁ!?」
さらに一通。
『その次は「好き」』
「美咲ぃぃぃぃぃ!!」
廊下に声が響いた。
少し離れた教室から柚羽が顔を出す。
「雫先輩……?」
さらに隣から綾香。
「今度は何ですか」
「何でもない!!」
柚羽と綾香が顔を見合わせる。
「……やっぱり今日の雫先輩、少し変ですよね」
「ええ。極めて不自然です」
「聞こえてるわよ!!」
二人の笑い声が廊下に響く。
雫はもう一度スマートフォンを見る。
最後に届いた美咲のメッセージ。
『お姉ちゃん、がんばれ♡』
「……言われなくても」
そう呟いて。
少し迷ってから。
指を動かす。
『ありがと、美咲』
送信。
今回は。
何も付け足さなかった。


